いつでも戻っておいでよ。
「今を生きる」というのは、とても重要なことだとは重々分かっている。
過去ばかり振り返っていては、前に進めないのだから...。
それでも「今」ばかりに追われていては、気づかぬうちに時がすぎて
気づかぬうちに年老いてしまうのではないだろうか。
過去があって、今があって、未来がある。
過去を置き去りにして、未来ばかりを夢見ていても前進はできないだろう?
現実を知るために今を生きるのであれば、
前進するために今を生きるのであれば、
過去によって作り出された今を考えるためにも、
過去を考える時間は重要なことなのではないのだろうか。
「前向きに生きる」ために「過去を捨てる」?
過去を捨て去るだけの現実が、確立出来ていれば容易いことなのかも知れない。
過去に引きずられるな?
そうやって引きずられない今を持てるから、簡単に言える台詞なのではないか?
過去が自分を呼び戻すことを知らない人には、分からないこともある。
前向きに明るく生きてくことを、望まない人が何処に存在するのだろう。
過去を振り返って、過去から脱却できた時に、歩き出せるようになることも在るってこと。
暗く落ち込みたい時だって、在るってこと。
いつだって前向きに明るく出来ないことだって、在るってこと。
辛い時に辛いと言えない事情が有る人の存在を、無視してしまったら?
現実社会で前向きに笑顔で踏ん張っている人に、愚痴の場まで奪い取ってしまったら、その人は壊れてしまうんじゃない?
暗いのを、愚痴るのを、悪い言葉を、
避けるのは自分のためなんじゃない?
自分のために生きることはもちろん重要だ。
自分の人生を自分のために生きる権利は誰にだってある。
だから愚痴る権利もあるわけで、愚痴りたい人からその権利を奪う権利なんて誰にもない。
自分のための自分の感情を、自分の意志でここに吐き出す。
そうやってバランスをとって、なんとか生きている人も世の中には存在するんだよね。
大丈夫。
あなたの好きなように。
そこはあなたのページだから。
人がとやかくいうことはないの。
人の評価など、気にしなくて良いの。
あなたの場所だよ。
好きに自由に、自分が楽になるようにすればいい。
戻っておいでよ。
好きに生きるために、ここがあるんだよ。
批判なんて気にしなくていいんんだ。
好きにしよう。
大変な時に、大変って言ってもいいでしょ?
辛い時に辛いって言わせてよ。
それは明日を生きるために、今日必要なことなんじゃない?
頑張って、踏ん張っている人に、
鞭を打つのはやめにしよう。
少し遠くから見守るくらいで、
そっと知らんふりするのも大人としてはアリだと思うよ。
そっと放っておくことが、その人のためになるんだって。
そうやって気が済んだら、作り笑いなんかじゃない、
本物の笑顔で明日を生きていくのでしょう。
また明日?
うん、いつだって大丈夫。
またいつか会おう。
またね!