遠い箱

精神障害を持つアラ60のヘンテコな毎日と、日々変化する心情を綴ります。

『イキカタサガシ』SOSA Project 編 ⑵

10月の、とある金土曜日を使って、現在私の通う就労移行支援事業所で行われた、
千葉県匝瑳市にある「アルカディアの里」での「生活体験」の体験談を聴いた私は、
いくつもの思いが脳裏に浮かんだ。


まず驚いたのは、この「アルカディアの里」の主催者でもあり理事も務められる髙坂勝氏が経営なさっていたオーガニックバー『たまにはTSUKIでも眺めましょ』に、かつて来店したことがあったからだ。


当時、板橋区大山在住だった私は毎週休みの前日には夫と二人で池袋界隈で飲んでおり、そのあと必ず自宅までの徒歩30分ばかりの道のりを散歩しながらぶらぶらと帰ったものだ。週に一度の散歩道で同じ道を辿るのは飽きてしまうから、毎回違う道を通った。
そしてある晩、その散歩道の、とある途中で『たまにはTSUKIでも眺めましょ』を発見した。


たまにはTSUKIでも眺めましょ?
なんて素敵な店名!
うんうん!眺めちゃう!!
酔っ払い二人は合わせたように目配せをして、躊躇することなく店の扉を開いた。


扉を開くと薄暗い店内のカウンターの向こうには、ぼんやりと細面の男性が一人浮かび上がった。
彼以外に客の姿はなかった。


私たち夫婦はここで、一人2〜3杯の酒を飲んだと思う。
実のことをいうと私はこの頃の出来事を、あまり覚えていないのだ。
断片的に、映画の一部分を切り取るように、ひとコマひとコマが映し出されるだけで、その全ての情景はバラバラで、なおも無音だ。


そこに住んだのは4年に満たないが、その頃ちょうど夫の浮気疑惑が持ち上がって、思い起こせば私は痛烈なショックを受けていたのだろう。
大山で暮らした記憶というのは、全く繋がらない断片的な記憶のかけらの寄せ集めなのだ。
全てが無音で、まるで古い映画フィルムのように薄ぼんやりとしている。


そしてこの大山時代の私は、ショックのあまり自死を考えて二か月間ほどの放浪の旅に出たり、一人飲んだくれて夜の街をふらついたりしていた。
週に二日は酩酊していたから、その酔ったときの記憶などは無に等しい。
泣いているか、怒っているか、ぼんやりしているか、酔っているか、寝ているか、のいずれかを繰り返す日々。


確かこの『たまにはTSUKIでも眺めましょ』には夫と二人で行った後に、私一人で一度か二度は訪れている。
いずれも酩酊しての来店だから、店主には多大な迷惑をかけたであろう。
これは大変心苦しいが、過去のことと笑って許していただければ幸いだ。


この如何ともしがたい悪循環を断ち切るために、この大山を後にして心機一転、今の住まいに引っ越したのだ。
都心の繁華街には到底歩いてなどいけない、東京23区の外れにある土地への転居だった。


まずはこの「SOSA Project」の主催者の経歴を耳にして、私は悪戯を見つかりそうになった子供のようにドキドキして、目が宙を舞った。
もちろん「振り返り編」での体験談のあとで行われたシェアの最中も、そのバーへ行ったことがあるとは口にしなかった。


当時のことが頭によぎりながら私は、「SOSA Project」での体験談に聞き入る。
「いつか農業をして自給自足の生活をしたい」という夫のたっての願いが重なる。


仕事に明け暮れて、帰宅して酒を飲んで眠るだけの毎日を送る夫のストレスを思う。
精神疾患を持つ妻との暮らしは彼のアルコールへの傾倒にも、なんらかの影響を与えるのだろうか。


夫と二人、いつかその大地に立って、青空をバックに笑い合う日をイメージする。
けれど上手くイメージできない。


現実的な私は運転を控えている事実に気づいている。
運転免許証を持たない夫と運転を控える妻が暮らせる場所ではないと、すでに諦めている。
都会の便利さに慣れきっている私が囁く。
そこへ行く前にすることがまだまだあるじゃない?
夫も今の職場から独立して、起業する気になってるじゃない?
彼は信頼されているし、仕事もデキる。
都会で一花咲かせるだけの、十分な実力と人脈がある。
まだまだ働ける。


働けるのかな?
アルコールに依存しなければならないほど、すり減っているんじゃない?
そりゃまだ40代で働き盛りだけれど、これからも働かせてボロボロになってからじゃ彼は楽しめないんじゃない?


彼の人生は?
それから私の人生は?
どこへ進めばいいんだろう?
選択肢がありすぎて、決断するのは尚早だ。


「SOSAProject」での生活体験談に耳を傾けながら、一つ増えた未来の扉の前で私は、まだ漠然としていても良いんじゃないかな?と思い至る。
いくつになってもやりたいことは、いくらだってある。
出来ることじゃなく、一番にやりたいことを選ぶ権利が私たちにはあるのだ。
見つけるのはゆっくりでいいじゃない?
備える時間は残っている。


終わるときは唐突に訪れるけれど、見えない終わりに焦りを感じるのは実に馬鹿げてる。
今すべきことを確りと。
一歩先へ進むべく準備を整えよう。







と、ここで⑵は終了。
考えていたものとは違う方向へ進んでしまった。
次こそ、「SOSAProject」のメンバー紹介です。


ってね?
HPで確認した方が確実なんですけど...
とか言わないの!