遠い箱

精神障害を持つアラ60のヘンテコな毎日と、日々変化する心情を綴ります。

人を見る目。

基本的に悪口が聞きたくないのは、人の影響を受けやすいと知っているから。
「私は悪口なんて聞きたくないのっ」キラキラ♡
という乙女チックな清く正しい気持ちで言っているのでは、決してない。


実際悪口を聞いてしまうと、その場では打ち消しても、
知らぬ間に私の中でその悪口は定着していて、気づかぬうちに先入観に支配される。
知らず知らずに対象を色眼鏡で見てしまって、お相手の良さが見えにくくなる。
常にフィルターのかかった状態で見てしまうのよね。
だからできる限り、悪口や陰口は聞きたくない。


昨日、そのことを改めて実感した。
心を開けなかったT氏に対する噂話が、私にフィルターをかけていたようだ。
彼の悪口を私に聞かせた利用者の女性はすでに退所しているようで、ここしばらく見かけていない。
彼女は人の噂話が好きだった。
そして噂話の後に続く口癖は、「みんながそう言っている」だった。
みんなって誰?
と、聞いてみる。
「だからみんな」
と、決まって彼女はそう答える。


私同様、事業所で彼女は浮いた存在だった。
そんなんで「みんな」から聞くほど、彼女には事業所内で親しい人などいないように見えた。
孤立しているからこそ、孤立している私にやたらと話しかけてくる彼女だった。
人の噂話ばかりする彼女と話すのに嫌気がさして、距離を置いてしまった。
けれど今思い返してみれば、他者との関係を築きにくい彼女だからこそ、「噂話」をすることが一般的な人との交流方法と思い込んでいたのだけなのかも知れない。


彼女から聞いた、T氏の噂話はこうだ。
「一時期は所長だったけれど、みんなからの人気がなくてヒラになった。いつも充血した感情のない、死んだ目で話すから、何を考えているのか分からなくて信頼できないってみんなが言ってる」
だった。
「みんなって?」と私が聞くと「だからみんな」という彼女の決まり文句が返ったきた。
当時、転属されたばかりのT氏と面識のなかった私は、朝礼で転属の挨拶をする彼の姿が目に浮かんだ。
それは誠実そうで穏やかだけれど、明るい印象の人だった。
「ふーん…あまり話したことないけど、朝礼では優しそうで良い感じの人に見えたけど?」
「面と向かって話さないと分かんないんじゃない?目を見て話せば、みんなの言っていることが分かるよ」


あの噂話を聞いてから、何ヶ月経ったろう?
コロナの影響でオンラインがメインとなった事業所、その一ヶ月後には一旦退所してしまった私は、T氏と話す機会はほぼなくなってしまった。
再通所が決まってT氏が担当となってからも、表面上の会話しかしていない。
それにも関わらず、いつの間にか私の中でT氏は、
「勤務歴が長いから所長経験はあるものの、現在は降格して役職なしの人望のない人」
に定着していた。


昨日の面談で知ったのは、降格どころかセンター長に出世したT氏の現実だった。
センター長と知った途端に、みるみる変わっていく私のT氏への価値観が、手に取るように分かった。
肩書きや噂話に踊らされまくっている自分がおかしくて、思わず笑ってしまう。
話しながらニヤニヤする私を、T氏が訝しげに見ていることに気づいた。
「いやぁ…噂話は信じないように気をつけてたのに…肩書きには左右されないって自分では思い込んでいたんですけど、左右されまくっている自分がおかしくて…」


噂話陰口恐るべし…まるで呪文のようにじわじわと効いてくる。
噂話も陰口も、言うものでも、聞くものでもないと実感した日。