遠い箱

精神障害を持つアラ60のヘンテコな毎日と、日々変化する心情を綴ります。

5分で完食、下手すりゃ3分。

例えば西洋のコースや日本の懐石料理のように、

一人一皿ずつ提供されて、

かつ盛り付けや器も美しく、

かつお味もよろしくて、

かつ美味しいお酒と共に。

 

ゆっくりと目と舌で味わって、

かつ穏やかな会話のできる方と、

リラックスして心地よく、

三名、できれば二人きり。

 

そういう食事じゃないと、私はとてつもなく食べるのが早い。

ゆっくりと咀嚼して、

食べ物の素材や香りを楽しむことなどできない。

 

そう、まるで飲み込むかのごとく、口に食物を放り込んで、素早く噛み砕き嚥下する。

これはおそらく父の、食事時の恐ろしさが影響している。

 

『早飯早糞芸の内』

生前の父がよく使ったことわざだ。

父の父は士族の出だが、父はその人には育てられていない。

 

長崎のとある藩の教師だったその人は江戸末期、住んでいた城内で夜中に鳴き騒ぐ猿の声が煩いと、一匹の猿を叩き切ったという。抜刀どころか殺生までして城内を血で汚したということは当時、それはもう重大事で下手をすれば切腹ものだ。運よく切腹は免れて、城から放り出されるだけで済んだその人だが、身分や財産はさることながら住む場所も失った。それでも抜け目のない人で何をどうして転がり込んだか、地元の名士と言われた歯科医院の弟子となる。もちろん住み込み。

 

衣食住を手に入れたその人は、数年でこの医院の院長の座につく。元院長が病死して、残された未亡人の夫となったのだ。未亡人となった父の母の写真が残されていた。どちらかというと醜女よりだ。一方父の父、この人は俳優のごとき美男であった。

逆玉も美で勝ちとるかな?

 

院長の座を手にし出世したその人だったが、残念ながら長生きはできなかった。三男坊だった父が一歳の頃に他界して、再び未亡人となった父の母は元華族の気まぐれで、父たち兄弟三人を親戚の寺に預けて単身で海外へ旅立った。

 

寺で育った父が、この侍の嗜みを何処で覚えたかは全くの謎だ。

 

なにかとこの品のない言葉を連呼する父。

 

食べるのが遅い母はいつも父にガヤガヤとどやされながら、オズオズとオドオドと食事する。

隣で見ていると気の毒になるくらい、いつもビクビクしていた。

私はそれを横目で見てはヒヤヒヤしながら、味わうことなく急いで口の中へ食物を放り込んで、数回咀嚼すると飲み込むのだ。通り抜ける固形物が食道を痛いくらいに圧迫する。

 

これで私は身を以て断言できる。

食道は鍛えられる。

 

長年培ったこの早飯は、

父亡き今も私の体に染み付いて、

急かす人が不在でも、

そそくさと食べてしまう。

 

ハッと気がついて、ゆっくり食べる努力はするが、

却ってイライラしてしまうのだ。

 

ささっと5分、下手すりゃ3分で、

たいていの食物が胃の中へ収る。

 

歳とともに胃酸が減って、胃もたれがひどい今日この頃。

ゆっくりと、のんびりと食事をするには、

この悪習慣を以ってして、

どうにも先立つものが必要である。