遠い箱

精神障害を持つアラ60のヘンテコな毎日と、日々変化する心情を綴ります。

昔話。

昨日に引き続き、父の話。


基本的に躾には厳しかった父。
食事時にはテレビを観てはいけなかったし、余計なおしゃべりはしない。
特にお箸の使い方にはうるさくて、お箸の持ち方から惑い箸、渡し箸、逆さ箸、移り箸、刺し箸、寄せ箸、探り箸、箸渡し、指し箸、なぶり箸、銜え箸、握り箸、仏箸、撥ね箸、落とし箸は禁止。
お茶碗やおわん小皿はきちんと左手で持つ。
どんなにお腹がいっぱいで苦しくても残すのは絶対にタブーで、ご飯粒一つも残してはならない。
きちんと正座をして背筋を伸ばし、こぼさないように気をつけて、音を立てずにさっさと食べる。
ご馳走様の後は一休みする前に、自分の使用したお箸とお茶碗を下げて洗う。


洗濯物は必ずたたまなくてはならず、干してそのまま着るなどの横着は以ての外。
水の出しっ放しはいけない、戸は静かにしっかりと閉めて、敷居や畳の縁は踏まない。
帰宅したらさっさと着替え、着替えた服はきちんと仕舞う。
脱いだ靴はきちんと揃え、使い終えたものは元の場所に戻す。
歩くときは姿勢を正し、足早にさっさと歩く。
ぐずぐずしない、要件をはっきり伝える、無駄口を叩かない、大きな音を立てない。
言いつけは守る、嘘はつかない、約束は必ず守る。
長電話禁止、陰口禁止、言い訳禁止、長風呂禁止。
使い終わったものはきちんと片付け、人の話を聞くとき話すときは相手の目を見ること、返事は一度「はい」と。
親の意見に口答えをしてはならない、呼ばれたら即座に返事をして用事を中断してきちんと向き合う。
疲れていてもブスッとせず、常にこやかに、人には親切に、特にお年寄りと小さな子供は大切に。
欲張らない、生意気を言わない、謙虚であれ。


なんだかもっとあったけれど、ちょっと思い出し切れない。


ひたすら厳しいばかりではなくて、いたずらっぽく人を試すようなこともよくした。
例えば、こんなことがあった。
五十円硬貨と百円硬貨を手のひらに乗せて、「どちらか一枚やるぞ、どちらがよい?」と聞く。
若い方はご存知ないだろうが、当時の効果は百円硬貨より五十円硬貨の方が大きかった。

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私が大きい方を指さすと、「お?そっちでいいのか?」と聞く。
頷くと「お前は欲張りだなぁ、大きい方がいいんだな?」と笑うから、こちらも「じゃぁこっち?」と百円玉を指さす。
そこで「舌切り雀」の話をしてくれたりする。


躾には厳しかったけれど、酔った母への対応は恐ろしかったけれど、父はたいていは陽気で機嫌の良い人だった。
幼い頃の休日には、必ずどこかへ遊びに連れて行ってくれた。


鬼のようだと心から憎んでいた時期もあったけれど、それもはるか昔の話。
思い出せば後悔と苦しみしかなかったけれど、今では心が暖かくなる思い出に変わったようだ。
遠い遠い昔話。


昨日から今日にかけて、すっかり父の思い出に浸ってしまった。
父の日を忘れていたからね。


こんな日もあって良いけど、残り時間は限られている。
懐かしんでばかりいられない。
明日からはしっかりと、自分時間をね、今のことをしよう。











父の死後、ずいぶん経ってから見た夢の話。


お堂のような場所で父は一人、あぐら座をかいている。
生前の父は一見すると威厳に満ちた人であったのに、なんとも心もとない様子に胸がほろりときた。
「お父さん、なにをしているの?」尋ねると、ハッとしたように振り返って「おお、Y美か」と言って微笑む。
「一人でなにをしているの?」重ねて尋ねてみる。
「うーん...修行しているんだよ」と、なぜだか照れ臭そうに父は答えた。
「ずっと、一人で修行しているの」
「ああ」
「そうなんだ...」
「ずいぶん酷かったからな」
なんと応じてよいやら、言葉が出てこない。
「お前にもずいぶん辛い思いをさせたな」
困ったような面持ちでそんな風に言うから、思わず涙が出てしまった。
大きな手が伸びて、私の頭をポンポンと叩く。
「お父さん」
「なんだ?」
「私は大丈夫だよ」
「おお、そうだな」
「お父さんは一人で寂しくない?」
「大丈夫だ。お前はお前のことを考えていればいいんだよ」
「うん...いつまで修行するの?」
「わからんよ」





父本人は知らぬうちに、長崎の育った寺から佐賀の知らぬお寺に養子に出され、自らの意思とは関係なく苗字も本籍地も変わったようだ。
その父が幾つで出奔したか定かではないが、おそらく20代半ば頃と思われる。
それから流れ流れて関東の地につき、31歳の頃に私が生まれている。


九州を出てからの長い歳月を父は本籍地を移すことをせず、そのままにこの世を去った。
長崎の寺の跡取りと思い込んでいた幼ない頃の父は、なんの悩みもなく幸せだったろう。
周囲から神童と呼ばれ、常に学級長で溌剌とした子供時代。
小学四年生の頃にその寺に本物の跡取りが誕生してから、父の違和感は芽生えたようだ。
分け隔てなく育てる実母と思ったその人が、父に内緒でその家の実子に特別なおやつを与えているのを物陰から見てしまったのだという。
それから少し後に親戚の叔母と名乗る女性が、父の通う小学校にこっそりと訪ねてきた。
名乗らずとも、この人が自分の本当の母親だと父には分かったのだ。


たまに訪ねてくる兄だけが自分の身内であり、この寺の中に自分の家族はいないのだと知った時、父はなにを思っただろう。


見知らぬ土地の見知らぬ寺に有無を言わさず養子に出された若き日の父は、どんな気持ちがしたろうか。
全てを捨てて家を出たとき、父には少しでも希望があったのだろうか。


「泥棒と殺人以外はなんでもやったな」
そう嘯く父が独身時代なにをして生きてきたのか、全てを私は知らない。


父のお経を読む声が響く。
そんな夜は不眠症の私でも、安心した面持ちで眠りに就けるのだ。


私が高校を辞めて自室に引きこもってしまった頃、突如父が創価学会に入信したことがあった。
創価学会の関係者が訪ねてきた時のこと、宗教を嫌う母がヒステリックに御本尊を叩き割ってその人らを追い返した。
たった数日間で人のいいなりにやめてしまえるようなものを、父が少しでも信じたとは到底思えない。


父は遠い昔に戻りたかったのだろうか?
捨ててしまった仏道に未練があったのではないか?
49歳の父はなにを思っていたのだろう。
今となっては知る由もない。
唯あの頃の状況を、悔やんでいたのは確かだろう。



南無妙法蓮華経と覚え違えていたお経は「妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」


父の読むお経の声が、今鮮やかに蘇る。



そしてあの頃、よく耳にしたのは、「修証義」第一章 総序から第二章 懺悔滅罪。

無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め確し、紅顔いづくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし。熟感ずる所に往事の再び逢うべからざる多し、無常忽ちに至るときは大臣親暱従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり、己に随い行くは只是れ善悪業等のみなり。今の世に因果を知らず業報を明らめ図、三世を知らず、善悪を弁まえざる邪見の党侶には群すべからず、大凡因果の道理歴然として私なし、増悪の者は墜ち修善の者は陞る、毫釐をたがわざるなり、若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず。善悪の報に三時あり、一者順現報受、二者順次生受、三者順後次受、これを三時という、仏祖の道を修習するには、其最初よりこの三時の業報の理を効い験らむるなり、爾あらざれば多く錯りて邪見に堕つるなり。但邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く。当に知るべし今生の我身二つ無し、三つ無し、徒らに邪見に墜ちて虚く悪業を感得せん、惜からざらめや、悪を造りながら悪に非ずと思い、悪の報あるべからずと邪思惟するに依りて悪の報を感得せざるには非ず。

「お前は酒が強いけれど、普段は飲まなくて偉いな」
よく父が私を褒めた言葉だ。


肝硬変の兆しが見えたときに父が溢したのは、
「酒をやめるくらいなら死んでも構わんよ、命など惜しくもない」


そんな父が今際の際で呟いた「死にたくない」の一言が、悲しかった。



心は深くて、簡単には見えない。
悔やむくらいならば変えれば良いものを、できないのが業なのか?
単なる弱さなのか?


私に、第三章 受戒入位を耳にした記憶はない。




父はまだあのお堂で、一人修行を続けているのだろうか。






あの夢が、ただの夢とはどうしても思えないのです。




























朝の瞑想が終わったら、ワードとエクセルのMOS攻略問題集を解くことを日課にしている。
今朝は瞑想のあとで思いついたことがあったから、ブログ記事にしておくことにする。


なんのかのと仏教に縁があって、意識はしていなくても知らぬ間にお坊さんと話すことはあった。
幼い頃から寺で育った父も外れた人とはいえ、仏教の影響を受けていた。
その人に育てられた私も、知らぬ間にその影響を受けていたのだとは思う。


出会ったお坊さんに関心を持てなかったのは、私の運というのかな?
心を開けるような人には出会えなかった。
父の葬儀の時に来てくださった住職はとても落ち着いた人で、惹かれるものがあった。
話をしてみたくはあったが、如何せんお寺が遠かったのだ。
通うほどの強い気持ちを持てずに時が流れた。


ヴィパッサナー瞑想を実践するにあたって、スマナサーラ長老の説法や法話YouTubeで拝聴するようになり、仏教に興味を持った。
親族との縁も断って自分勝手に生きてきたが、そういうものも大切にしたいと思うようになった。


夫の親族は大乗仏教に縁があるようだ。
しかしながら、どうにも私は馴染めない。



夫の兄が婿入りした寺の住職の通夜に出向いたときの、あのなんというかなぁ人を見下した感じたとても不快だった。
義兄の嫁(つまり私にとっては儀姉、この寺の跡取り)が「Y美さんのお父様はお寺で育ったとか?宗派は?」と聞いた。
当時の私は宗派には全く興味がなかったので答えられなかった。
「そんなものでしょうね」とその人は言った。
「確か南無阿弥陀とは念じていませんでしたよ」と私は言った。
「お経を唱えていましたか?」
「はい、気が向くと唱えていましたよ」
「何か覚えていますか?」と儀姉。
「うーん、興味がありませんでしたから...南無妙法蓮華経と唱えていたような気がします」と適当に答える私。
日蓮宗ですね。千葉の漁師さんですから日蓮を信じたのでしょう」と平然と言いのけた儀姉。


この言い様にはかなり驚いた。
確かに私の実家は今は千葉にあるが、千葉が地元ではないし、先祖が漁師をしていたことはない。
人を見下した物言いに「大した人ではないな」と私は思った。


日本は宗派がたくさんあって、面倒くさい。
そんなこと別にどうだっていいじゃんと言いたくなる。


今回、伯父の行方を知りたくて電話をした父の育った寺。
そのお嫁さんがとても親切で、かつ対応が立派だったから日本の仏教にも興味を持った次第。


そしてそして、こんなサイトを発見した。


hasunoha.jp


様々な宗派のお坊さんの受け答えが、なかなかに面白い。
システムもちょっと面白い。
お坊さんへの相談が殺到していて質問受付数を制限しているようだが、問答(Q&A)で過去の問答が読める。


そして今日は、18時30分頃からスマナサーラ長老の「初期仏教Q&A 」をYouTubeで配信予定。
とても楽しみだ。



さて、MOS攻略問題集に取り掛かろう。



















終焉

今朝ふと気づいたのだけれど、縁のある宗派がなんだかすごいことになっている。
まず父の育った寺が曹洞宗で、父方の菩提寺曹洞宗
伯父の一人息子が婿入りした先は、代々のクリスチャン一家。
夫の生家の宗派は浄土真宗で、夫の兄が婿入りした寺は真言宗


信仰心の薄い日本人ですから、驚くほどのことでもないのでしょうが...。


昨日、伯父と15年ぶりで電話で話をした。
父の七回忌で会って以来、長く疎遠だった。


父の七回忌のときに「これでY美ちゃんたちと会うこともなくなるだろうから」と言われたときになんと返してよいのか分からなくて、言葉が出てこなかった。
ただ黙って頷いただけの別れ。


その後、長男の婿入りした横浜の家に同居することとなった伯父の転居先住所も電話番号も知らずに、長い年月が過ぎた。
昨朝の瞑想中に、伯父の顔が思い浮かんだ。
もうこの世の人ではなくなっているかも知れない。
思い立って父の育った寺に電話をかけてみた。
寺の住職であるKおじさんはとうの昔の世を去っていて、その一人息子も30代で他界したのだと聞いた。
残されたお嫁さんが婿をとったのだと。
現在修行中の長男がこの寺の跡取りとなる予定だという。
この長男が私と血の繋がりがあるのか、婿養子との間に生まれた全くの他人なのか、あえて確認することはしなかった。


この寺には私の血縁関係者が、一人もいなくなったのかも知れない。
それでも私と同年代のお嫁さんは忙しい最中に手を尽くしてくださって、伯父の現住所と連絡先を知らせてくれた。


そして15年ぶりに受話器から聞こえる伯父の声は、以前と変わらなかった。
今年で91歳を迎えたのだという。
コロナが収束したら会いに行く約束をして、受話器を置いた。


どうやら私の親族はこれから先、命が繋がっていく気配がない。
伯父には孫が出来なかったようだし、私の甥たちも結婚願望は皆無のようだ。



深い血縁関係が消えゆくことに、寂しさよりも安らぎを覚えるのはどういうことだろう。
なにかホッとしてしまうんだよ。














戒め

ブログで自らの物語の都合に合わせて、ちょっといい加減な気持ちで主観的に書く。
一般人の私の個人的なブログなど、どう表現しても誰の迷惑にもならないと高を括る。


実在する人のことだって、そう簡単に結びつかないだろうと軽く考えてしまうのだ。


今日、長く疎遠だった血縁関係の人と繋がることができた。
そのために忙しい時間を割いて、協力してくださった心優しい人。
もっと丁寧に、しっかりと人のことを考えられるようにならなくてはね。



ブログに登場させた人たちがここで記事を目にすることがあっても、少しでも不快を感じないよう細心の注意が必要だってことにやっと気づいた。
人を大切に思える人は、案外多い。


自分勝手がそんな優しい人たちを傷つける可能性があるってことを、肝に銘じよう。
なんの変哲もない日常に、色を付け加えるために面白おかしく盛るというのもね?


万が一を考えない軽はずみが、大切な誰かに泥を塗ることもあるってこと。


これからテーラワーダで仏教を学ぶとしても、禅宗を貶めるようなことはないように言葉を選択する。
知らない私が感覚で語ることほど、醜いことはない。


興味のなかった宗派にも少し心を開いて、知ることに意義はある。



あら?
今日はちょっと真面目です。














謝恩

昨日と打って変わって、気分はすっきりと晴れやか。


朝の瞑想をしっかり行った後で、モヤモヤの原因がはっきりとした。
決まっていた仕事ができなくなって、母に会う口実がなくなってしまったことが寂しかったのだろう。
母が死を恐れていたことが鮮明に蘇って、あの臆病な人が暗いところを一人で怯えて進まなくてはならないのかと気にかかっていたのだ。
私の瞑想がしっかりとできていれば、母も守れるのじゃないかと思える。
感じる不安なんてものは、自我が勝手に作り出した妄想に過ぎない。


きっとあれだ、母とは今の距離感のまま、少し遠くで幸せを祈るのが妥当なのだろう。


14時頃からスマナサーラ長老の「初期仏教Q&A 」を拝聴した直後に、お姑君から電話があった。
しばらく居留守をつかって彼女との会話を避けていたけれど、今日は素直に電話口に出て昔のように楽しく話ができた。
大好きなお舅君とも久しぶりに話した。


誰もが歳をとる。
「お父さんがボケてしまって...」と義母が明るく愚痴る。
するっとなんの抵抗もなく「お二人で東京に住んだら良いですね」と、私の口からそんな言葉が飛び出した。
義母はちょっと嬉しそうに「お父さんがこっちが大好きだから」と言う。
続けて「ああ、けれどあれね?東京のちょっと大きなマンションに移っても良いね」と付け加える。
「Tさんにも頑張ってもらわないと」と私は答える。


「ちょっとお父さんと変わろうかね?」と義母が言って、義父と代わった。
軽い挨拶の後で「お父さんはお散歩に行っていますか?」と聞いてみた。
「いやぁもうこっちは坂道ばかりだから...」と義父が言う。
「東京の道は平坦だから車にさえ気をつければお散歩ができますよ?」
「そうねぇ」


こんな風に穏やかな会話ができたことに、幸せを感じた。


なんだろうな?
気持ちはどこへ向かっていくのかはわからないけれど、
下がったり上がったりとこれからも安定しないのだろうけれど、
それでもいつでもこうやってここに戻ってこれると確信できた日。












犯人探し

今日から短期の仕事が始まる予定だったけれど、辞退する結果となった。
どこでどう伝言の行き違いがあったのかは定かではないけれど、今回私が仕事を始めてしまうと今後就労移行支援が受けられなくなる可能性が高いということが、6月30日の夜になって明確になったからだ。


経緯について詳しくはここには記さない。


保健事務所の担当から曰く「自力で仕事が見つけられるのであれば、就労移行支援を受ける必要がない」と判断される可能性が高いのだという。
たとえ短期雇用であろうと、だ。
この人と話していて、私はすっかり感情的になって、思わず泣いてしまった。
「Mさんくらいの実力がおありなら、就労移行支援を受ける必要はないのではないですか?」
電話口から淡々と言い放つ彼女の声に、抑えていた感情が溢れ出す。
精神障害者であることを最初からオープンにしたら、おそらく今回の採用はなかったのではないでしょうか?クローズだから採用していただけたのだと思います。もちろんクローズであれば、私は自力で転職が可能でしょう。けれどそれでは長続きしないですから。最初からオープンで就職したいんです。私が就労移行支援を受けているのは今回を最後の転職にしたいからです。国から補助金が出るとしても私が就労移行支援を受けるのは無料ではないですから、私は遊びや暇つぶしでこのサービスを利用しているわけではないですよ?必死なんです。真剣なんですよ?」
どんなに訴えかけても、受話器の向こうの彼女は無反応だった。
虚しくなったので、「それでは失礼いたします」と断ってから受話器を置いた。


事前確認をとってから始めた職探しだったが、無駄に終わってしまった。
どこでどのような行き違いがあったのははっきりしないまま、昨日採用が決まった企業に電話をかけて辞退することを告げた。
クローズで決まった採用ではあったが、辞退の理由を説明するにあたって私が精神障害者であることと共に今回の顛末を採用担当に打ち明け、勤務開始前日の辞退を深く詫びた。


電話面接で採用を即決してくださった採用担当者はこの突然の申し出を、実に穏やかにあたたかく受け止めた。
嫌味の一つもなく実に爽やかな口調で、前日に電話で辞退を伝えたことに対して「ありがとう」の言葉さえ投げかけたのだ。
素晴らしく鮮やかな対応だった。



辞退の電話が終わった途端に、緊張の糸がほどけて一気に鬱状態に陥った。
これは不味いと判断して、かかりつけの心療内科に電話をして、予約が可能かを確認する。
ありがたくも午後から予約が取れた。


先週会ったばかりの主治医に今回の経緯を話す。
「Mさんくらいの実力がおありなら、就労移行支援を受ける必要はないのではないですか?なんて嫌味を言われちゃいましたよ。むちゃくちゃ感じ悪かった...実力があるなら、これほど転職を繰り返しませんよ」
「うーん...保健事務所の担当の意見は一理あるんじゃない?僕も貴女は実力があると思うよ?」
「や、だから実力があれば転職なんてしないんじゃないですか?」
「いやいや、普通はそんなに次々と転職できないでしょ?」
「一見できる人に見えちゃいますからね...人前で自分を作ってるから長続きしないんですもん...」
「で?担当には怒ったの?」などと突如聞いてくる。
「怒っちゃいましたよ、ムッチャ感情的になって泣いちゃいました」と私は渋々答える。
ヴィパッサナー瞑想はどうしたの?」と、からかうように聞く。
「してません」
「なんでしないの?」
「だってあれです...私みたいに他人の過ちを責める人には悟りの扉が閉ざされているってテーラワーダのホームページにあったんですもん...もう閉ざされちゃったんですから」
「そんなことないでしょ?そんな時こそ瞑想をすべきなんじゃない?」
「だってもうなんだか全部無駄に思える」
「そうやってやけになるところが貴女の悪いところ。だから仕事も続かないんだよ」
「...おっしゃる通りです」
「わかってるんだからさっさと帰って瞑想でもしなさい」
「そっかぁ...まぁそうですよね?」
「ウンウン」


主治医と話していると元気になれるんだな。
けれど帰宅途中でどんどん暗い気分になってしまって、結局昨日は瞑想をサボってしまった。
怖かったんだ。
一昨日の瞑想での感覚がとても素晴らしかったから。
あんな風に他人に批判的になってしまったらさ、もうあの感覚は味わえないのじゃないかって。
そうなったら私は落ち込むに違いないって。


けれど気を取り戻して、今朝はフル瞑想いたしましたわよ。
10分間、立つ瞑想
一時間歩く瞑想
10分間、立つ瞑想
30分間、座る瞑想
10分間、立つ瞑想
一時間歩く瞑想。
こんな感じで、バッチリ三時間。


どうなのかな?
瞑想をしているときには解放された感覚になれるんだけれど、終えてしまうと途端に保健事務所の担当の「のらりくらり」が思い出される。


主治医曰く、「行政も奥に座ってる偉そうなのが指示を出すんだから、窓口で対応している人たちはストレスが溜まるんだよ、許してあげなさい」と。


昨日から慈悲の瞑想フルバージョンを何回も念じていているのだけれど、どうにも上滑りなんだ。
今朝のヴィパッサナー瞑想前にした慈悲の瞑想ではあの担当が思い出されて、なんとも切ない気分になった。
彼女は戦っているのかも知れない。
ガチガチに固まった上司達に囲まれて、身動きが取れなくなっているようにも思える。
就労移行支援を申請したときに会った時の彼女の優しさは、嘘ではないと思う。
彼女は同情心が強すぎるのかも知れない。
そんな同情心で軽はずみな約束をしてしまうのかも知れない。
結果的に果たせなくなって、惚けるしかなくなってしまうのかも知れない。


「そんなお約束しましたっけ?」
「私の記憶にはございません」
しれっと言いのけてしまうのは、彼女にとっての真実なのかも知れない。
辛くて苦しくて、本当に忘れてしまったのかも知れない。


周囲の欠陥ばかり見えてしまう私は、これからどうすれば良いのだろう?



他人の過ちばかり見える性格は危険です。とても危険です。その人の頭の中に、暗い思考が渦巻いているのです。頭の中は、餓鬼道そのものです。他人の徳が見えないのです。他人が、自己観察しながら自分の人格を向上するために励んでいることが見えないのです。真剣まじめに修行する人を見ても、何か過ちを見つけて、それを批判して世間に言いふらして、その人を息苦しい状態に陥れるのです。乱視の人には何を見ても湾曲して見えるように、この人の頭の中には暗い批判的な思考しか回転しないのです。

人格を向上するために、精神的な落ち着きと慈しみに溢れたこころが必要です。他人の過ちを言いふらす人にはそれがないのです。自爆道を歩むその人には、悟りの扉が閉ざされています。

悪人が他人を批判する | 日本テーラワーダ仏教協会

迷うのは時間の無駄。

同じような日常の中に、なにかしらの変化や気づきがある。
コロナ渦によって得た自分だけの時間は、私にとってはとても貴重だ。


今日は無料漫画のアプリをアンインストールした。
時間潰しのためのツールが、どんどん不要となる。
潰しているほどの時間の猶予など、ないのだと気づくから。


そして来月から2ヶ月間、短期の仕事が決まった。
クレーム対応の多い窓口で、お客様の対応をする。
このところ穏やかな日々を送っているから、ちょっと不安。
けれどこの経験は、どの程度人との境界線が引けるようになったかの確認になるだろう。


就労移行支援を受けている期間は、基本的に就労禁止だ。
今回の件についてはすでに行政窓口に相談済みで、たとえ短期間でも就労する場合は一旦就労移行支援は終了しなければならないとのこと。
就労の終わった2ヶ月後に受給者証の再申請が必要になる。
まずは現在休止手続き中の就労移行支援事業所に、その際の再通所が可能かを確認しなければならない。
許可が降りなければ、他の就労移行支援事業所を探すことになる。
明日担当スタッフとの面談があるので、相談する予定だ。


朝の座る瞑想中に母のことを思い出した。
本来なら瞑想中の思考は「妄想妄想妄想」と唱えて、浮かんだ考えを即座に消すのだけれど、今朝は少しだけその思いに揺蕩ってみた。
必要なことと思えたからだ。



母とは十年以上会っていない。
一年ほど前に電話してみたが「話したくない」と言われて以来、音信不通のままだ。
妹の家族と暮らす母は、肩身が狭い。
母に住む権利のある家ではあるが、妹の家族の中で気の小さな母が素面ではのうのうと暮らしてはいられないだろう。
すべては母の巻いた種ではある。
それでも考えると心配になるし、悲しい気分になる。


不意に十年前の母が身につけていた、ボロボロの下着が思い出された。
母と暮らす妹は自分たちの贅沢のために、母に新しい下着を与えようともしなかった。
私も母に新しい下着を与えることをしなかった。
あの当時は専業主婦で自分の収入がなかったのだが、夫に相談すれば気持ちよく下着くらいは買ってくれたろう。
それをしなかったのは、私自身に疑問があったからだ。
すべてを自分のものにした妹の代わりに、私がそれをすることに納得ができなかった。
そうやってうだうだと考えているうちに、再び妄想に取り憑かれて精神病院へ入院することになってしまった。


あれ以来十年の長い間、母とも妹とも連絡をせずに過ごした。


7月のお給料が出たら、母に下着を買ってあげられたら良いな。
できれば新しい帽子を買ってあげて、それからうなぎを食べに連れていってあげたい。
昭和10年生まれの母は、85歳になっている。


妹は私と繋がることに不安を感じている。
精神疾患を持つ姉に、自分の家族たちが迷惑をかけられるのではないかと訝っている。


どうすべきなのか?
このまま離れたまま、遠くで幸せを祈っていた方が互いに平穏でいられるようにも思う。
今はまだ迷いがあるけれど、必要な時に答えは見つかるだろう。



今日は今日のことを。




今日は14時頃から、スマナサーラ長老による「パーリ経典解説と初期仏教Q&A」がネット配信される。
まずはそれを楽しみに、今すべきことをしよう。











変わらぬ日々。

日記って毎日つけるから日記なのよね?
だとしたらこれは日記でもない。
そんなんで新しいカテゴリーを作ってみた。


気がつくと最後のブログ更新から一週間が経過していた。
相変わらず特に変わったこともなく、変わらぬ日々を送っている。


とても穏やかな気分で過ごせているのは、瞑想の影響だろう。
この生活に来月から、少しだけ変化を加える予定。


気が向いたらブログにアップするかな?



え?それだけ?



そう、それだけなのです。
















SMILE

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自分の中で一区切りがついたから、今日で毎朝のブログは終了。
今後は気ままにフリー更新の予定。
気が向いたときに朝ブログも更新する。


そして睡眠導入剤なしで眠りがやってくるか実験中の今朝は、
眠りそびれているから起床時刻はなし。


昨夜読んだ本に強烈な既視感があった。
朝方帰宅した夫に、その経験があるか聞いてみたら、意外にも「ある」と返ってきた。
続けて輪廻転生を信じるかと訪ねたら、「科学的に証明されていない」とのご回答。


科学を知らない人が科学を語ることに違和感を覚えたので、口論となる前にこの話題は終了した。
なにかというと非科学的と言いたがる人には辟易するんだな。


既視感もね、まぁ精神病者の私が語ってしまうとさ、まさにそれになってしまうからあまり口にしない。



Nat King Cole - "SMILE", / Charles Chaplin




今日の朝ソングは、
Nat King Cole の「SMILE」






雨の土曜日、ましてや今の状況下で外出する人はどんな気分かな?
私ならちょっと憂鬱になって、出勤のために気分を上げるために試行錯誤している時刻だろう。


こんな朝にも平常心を保てるあなた様には、畏敬の念しか持てませぬ。







お仕事に出かける方も、ゆっくり過ごされる方も、なにかしらの予定がある方も、
笑顔で過ごせますように。







行ってらっしゃい。





行ってきます。




















百円の幸福。

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今朝の目覚めは、3:10 a.m.
起床時刻は、3:24 a.m.


なんとも清々しい朝。
心には一切の曇りがない。
全てではないけれど、ひとつ抜けたのかな?


夫は休みの日は必ず、夜遅くに散歩に出る。
結構な距離を歩く人だから、軽くも一時間以上の外出となる。


いつもは待たずに先に眠ってしまうのだけれど、昨夜はおかずの作り置きを作ったり、ちょっとした家事をしていたら夫が帰宅した。
手に提げたコンビニのビニール袋からモナカアイスをひとつ取り出すと、一言。
「半分ずつ食べよう」


それだけのことだけれど、とても幸せな気分になった。
そろそろ寝る時刻だし、そんなときにアイスクリームってね?
ちょっと迷ったけれど、一緒に食べることにした。


それはもう満ち足りた気分。
こういう小さな幸せが、ひとつでもあれば良いのです。
百円の幸福。


瞑想やスマナサーラ長老の法話やご本で、私は変わったのではないかな?
夫に優しくなった、というかな?
夫をひとつの生命として尊重できるようになったのだと思う。
まだまだ我の強さは残っているけれど、彼に対するイライラが劇的に減ってきたかな?
それでも深酒であまりにもだらしない姿を目にすると悲しくなるのだけど...。


彼が彼の命や体を大切にできないのは彼の問題であって、私がどうすることもできない。
彼の問題に私が気を揉んでも仕方ない。
彼は彼であって、私を苦しめ続けた母ではない。
そうやって無理して自分に言い聞かせなくても、もう少し自然に受け止められるようになったみたい。


優しくなれば、人も優しくなる。
優しくしてほしいから、そうするのじゃなくてね。




秦 基博 - 「70億のピース」 Music Video



秦 基博 - 「水彩の月」 Music Video



秦 基博 / 在る Music Video



秦 基博 - 「花」 Music Video



秦 基博 - 「エンドロール」 Music Video



“ 遮断機の向こう側 途切れる景色に
今朝のニュースが ふと よぎった

歩き出せば 消える 他人事の悲劇
なんとなく 君と また 手をつないだ

愛の歌が届かない 暗い闇もあるの

70億のピースが 描き出す 世界のパズル
誰かと隣り合えた意味
かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても
でも 違いが 離れないよう 寄り添えるんだ

半径5メートルも ままならないまま
日々は続いてる あやうく

あの映画みたいに 小さな幸せが
拡がればなんて やっぱ 綺麗事かな

その横顔 閉じ込めたくて カメラを向けた

無邪気な君のピースサイン いつも僕を照らす光
明日もここで生きてく意味
かたちの違う某らは 近づくほど 傷つくけど
でも 互いの 温もりにも 気づけるんだ

70億のピースが 描き出す 世界のパズル
誰かと隣り合えた意味
かたちの違う僕らは ひとつに今 なれなくても
でも 互いが 離れないよう 寄り添えるんだ ”




今日の朝ソングは、
秦 基博の「70億のピース」「水彩の月」「花」「在る Music Video」「エンドロール」




人生はまだ続くから、これから先がどうかるかなんてわからない。
昨夜、一緒に食べたモナカアイスはもうどこにも存在しない。


私たちは儚くて、とても脆い。
この入れ物はそう長くは持たない。


出会いがあって、別れがあって。
なにひとつとして永遠なんてものはなくて。


けど、うん、
だから良いのじゃない?


大切にしたいと思う気持ちは、だから現れるのでしょ?
頑丈だったら、多少乱暴に扱っても壊れたりしないからね。


儚く消えてしまうものだから、その一瞬を大切にしなくちゃね。


心は放っておけば、悪魔そのものになってしまうって。
お釈迦様に聞けば、「本来の姿というのは悪い」って。
ありのままは、とんでもないって。
◆ 現代人のための瞑想法ー約立つ初期仏教法話アルボムッレ・スマナサーラ(著) より


だからちょっと努力して、優しい自分を育てよう。
そしてね、エンドロールが流れるころに、
「まぁまぁの人生だったんじゃない?」って、言えたらいいなぁ。





今朝の東京はまだ晴れ間があるけれど、
午後には雨が降り出しそう。



梅雨ですからね。
傘を持って出かけましょうか?










行ってらっしゃい。





行ってきます。




















今日みたいな日は、散歩をするのも悪くないんじゃない?

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今朝の目覚めは、2:48 a.m.
起床時刻は、3:38 a.m.


今朝はいつもと違うパターンで行動している。
なぜなら木曜日は夫の仕事は休みで、彼は一日中家にいるから。


なんだか今朝はどうしたってさっぱりしたくって、まずは朝一でシャワーを浴びた。
何故だかたまにある、自分がとても汚れている感じ。
精神疾患を持つ中年女がこういう表現をするのはなにやら躊躇われるが、今日は大目に見よう。


そして今、朝ブログに取り掛かった。
この後、スマナサーラ長老の法話を拝聴し、瞑想を行う。
MOS問題集を一時間解いて午前中は締めくくる。


午後2時からはスマナサーラ長老指導で、「初期仏教法話とQ&A」がネット配信される。
木曜日と日曜日の午後は、だからとても楽しみだ。




Pink Floyd - Breathe in the Air (Long Version) / The Great Gig in the Sky


Pink Floyd - Shine On You Crazy Diamond I - V (1975 Original Pressing) - Black Vinyl LP


Brit Floyd - Live at Red Rocks "Wish You Were Here" Side 1 of Album


今日の朝ソングは、
Pink Floyd の「Breathe」〜
Brit Floyd の Live at Red Rocks "Wish You Were Here" Side 1 of Album





私なんてどこにもいないって、本当は気づいている?
本当の自分を知っている人が存在するとでも?


他者の前にいるときの私は、どこか芝居染みていて違和感がある。


探したって見つからないよ。
そんなものは元からないってことに、とっくに気づいているのでしょ?


さみしいの? ひとりぼっちが...
大丈夫だよ、誰もがひとりぼっちだ。



















行ってらっしゃい。






行ってきます。




















蜘蛛の糸。

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今朝の目覚めは、2:15 a.m.
起床時刻は、3:20 a.m.


目覚めると隣のベッドは空。
昨夜の夫の帰宅は21時過ぎで、彼のおつまみを用意してから私は寝床へ。
どうやら夫は外で飲んでいたらしく、帰宅のときにはお酒くさかったのよね...それから4時間くらい経過している。


居間でうたた寝しているであろう夫の姿が浮かぶ。
若干うんざりした気分になった。


放っておいた方が良いのかもしれないけれど、気にかかるから居間を覗いてみる。
案の定、高いびき。
起こしてみたけれど迷惑そうだったから、諦めて寝室に戻った。


それから寝付けなくなって、ベッドの中で「生きとし生けるものが幸せでありますように」と繰り返し念じてみた。
なんだか悲しい気分になって、ポロポロと涙が溢れる。
ひとしきり泣いた後に唐突に幸福感がやってきて、落ち着いた静かな気分になった。


起きてから居間へ向かうのが少し躊躇われたけれど、自分が決めたリズムで生活を送るためには気にしてちゃいられない。
意を決して居間へ入って、自分のことをした。


しばらくして夫は自然に目を覚まして、何も言わずに寝室へ移った。
互いになんの声がけもないって?
なんだかな...。
まぁ、そんな夫婦はいくらでもいるだろう。




SCANDAL 「A.M.D.K.J.」 - Music Video



SCANDAL 「瞬間センチメンタル」/ Shunkan Sentimental ‐Music Video



SCANDAL - 「マスターピース」 / Masterpiece - Music Video


“ 張り巡らされた規制線
敏感になりすぎた不気味な街は
幻想が生んだ無法地帯
目を逸らしてる人ばかり

その気になって 試してみなって
美化しないで 現実を知って
クソ真面目にやってらんない日もあるよ
時に、神頼み

運命のあみだくじ 伸るか反るかの話
運命のあみだくじ 指でなぞって

さあ、もっと深くまで
その目でみて触れて
我が物顔がはびこる
この世界に嫌気が差すよ
真実は無色透明で
少しだけ冷たい

手のなる方へ寄っといで
もっといいことしようよ
同じ阿呆なら踊らにゃ損々
ああ もう病みつきになってる

正論ばっか吐き捨ててないで
凝り固まった頭を冷やして
時代遅れの寒いB級評論家達に
お仕置きを

運命のあみだくじ 酸いも甘いも私
運命のあみだくじ そっと開いて

さあ、胸に閉じ込めた
その想い解き放て
予測不可な明日が怖いのは
君だけじゃない
愛なんて自由自在に
燃えて消えてゆく

さあ、もっと深くまで
その目でみて触れて
我が物顔がはびこる
この世界に嫌気が差すよ
真実は無色透明で
少しだけ冷たい ”




今日の朝ソングは、
SCANDAL の「A.M.D.K.J.」「瞬間センチメンタル」「マスターピース


ちょっと投げやりになったり、乱暴な気分になったりね?
人間ですからね、いろんなときがある。


良いことばかりじゃないから、希望を見出す。
命になど未練はないなんて軽口をたたいてみても、その瞬間には恐怖したり?


こんなんですから、人間はやめられない?
違う次元で高みから見下ろしてみたいけれど、いやはや...現実は地べたを這いつくばっておりますわよ。


蜘蛛の糸が目の前に垂らされたら、間違いなく掴むでしょ?
その後に亡者がワラワラ続いたら、あなたならどうする?
私はどうするって...それはもうカンダタを笑えない。


もちろん芥川の妄想の世界ですからね。
現実ではないのです。






今日も一日が始まりますな。



さあ、どこへ?







行ってらっしゃい。






行ってきます。




















...そうなのかも。

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目覚めてカーテンを開けるときに、ベランダからの月に気付いた。
いつもあるのかな?
目に入らないときが多いみたい。


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今朝の目覚めは、2:56 a.m.
起床時刻は、3:30 a.m.


今朝、YouTubeで視聴したスマナサーラ長老の法話は、「決して奪えないもの(3.11東日本大震災直後の法話より)」。
気づいたら涙がポロポロ。
いやこれは慈しみの涙などではなく、ね。


自分自身が捨て去れないものに気づいて、自己憐憫に陥っただけ。
私が成りたかったものたち、子供の頃に夢見た未来。
考古学者や画家やデザイナーや小説家。


どれも諦めたつもりなのに、捨てきれずに抱えているんだ。
私は過去を引きずって、歩いている。


生育歴がああでなかったらとか、親がまともだったらとか。
母が愛してくれていたらとか、虐待がなかったらとか。
父が厳しすぎなかったらとか、勝手に期待して失望されなかったらとか。
精神を患わなかったらとか、夫がこんなんじゃなかったらとか。


まぁどれもこれも自分自身を棚上げにして、恨んで後悔するばかり。
そんな自分を隠して、前向きを装うから苦しくなるのじゃない?


プライドと物惜しみと、執着と愛着。
希望を捨てられないのは、絶望だけじゃ辛すぎるから。


一昨日からね、なんとなくモヤっとしたものがあって、それがなんなのかよくわからなくて。
昨日から、スマナサーラ長老の「自分を変える気づきの瞑想法」を拝読中なんだけれど、ヴィパッサナー瞑想は、サマーディ(禅定)状態を前提とする瞑想だと知った。


一昨日まではおそらく、「慈悲の瞑想」で自然とサマーディ状態になれていたと思うんだな。
けれど一昨日から、どうもそうなれなくて。
落ち着かないっていうか、集中できない。
それでも一昨日までは、ヴィパッサナー瞑想にサマーディが前提って知らなかったから、居心地悪いながらもしぶとく瞑想を続けられたのよね。


昨日は知ってしまったから、そこへ持っていくのになかなかに大変だった。
そうやって工夫して行った瞑想は、充実感があった。

その流れの今朝の気づき。




Halo at 四畳半“アルストロメリア“(Official Live Video)



Halo at 四畳半 "リバース・デイ" (Official Music Video)



『水槽』/Halo at 四畳半


“ なぜ僕らは心を磨り減らして息をする
悲しいほど 互いに触れあえる距離でも
心は思いは この手をすり抜けて
それには気づかないまま 生きていた

未来を追い越していく 誰もがそう望まなくとも
終わりへ向かっていく 等しく用意されていた
この生命を燃やす理由を僕らはずっと探してる
奇跡も不安も後悔も 及ばないような理由を探している

「今はまだ」「これからさ」
溢すうちに夜は明けた
その"今"と対峙することを恐れた僕に
望むような"今"が訪れるはずなんてなかったんだ
分かっていた 気付いていた
じゃあなぜ 何も変わりはしないと
嘆いていたんだろう

すべては流転していく 僕らがどう生きたとしても
ここからいなくなっていく 愛しさは寂しさになる
それでもきっと僕らはずっと誰かを愛してしまうから
変わり果てた寂しさを
また愛せるような朝を待っている

いくつもの終わりから 今の僕が在るとしても
始まりの行き先が 決まりきったものでも
もう誰も もう何も 失くしなくはないんだよ
決別よ 喪失よ 最後のさよならだ

未来を追い越していく
終わりへ向かっていく
止まらぬように 途絶えぬように
忌まわしい過去を焚いてる
灯した火を翳して 行こう

光を放っている 陰りさえ味方につけて
届かないと藻掻いている 姿が何よりも美しい
この生命を燃やす理由を僕らはずっと探してる
この生命を燃やす理由を僕らはずっと探してる
すべては終わっていく
運命ではなくそれを選んでいく ”




今日の朝ソングは、
Halo at 四畳半の「アルストロメリア」「リバース・デイ」「水槽」




一切捨てること。
持ち運ぶとかなり苦しいものたち。
苦しいから一時的に置いて見ないふりしていてもさ、
いずれ再び拾い上げて再び苦しむことになるって。


だから捨てる。
とてもシンプルなことが、できない。



なぜ過去のいらないものにまで執着するのだろう。







今日はなにか捨てられるかな?



まぁ無理しないで、その時がくればね。











行ってらっしゃい。







行ってきます。




















恩恵

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今朝の目覚めは、2:41 a.m.
起床時刻は、3:12 a.m.


昨日は瞑想のことやら体重が一週間で1kg落ちたこととか、ブログにしようと考えていたけれどやめにした。
それらのことを公開する意味をふと考えてしまったんだな。
意味ってさ、考え出したらキリがない。
だから考えることをやめにして、読書することにした。


無料お試し期間を過ぎてもズルズルと更新している「Kindle Unlimited」。
ここにスマナサーラ長老の著書が多数あることに、10日ほど前に気づいた。


無料期間が終わってから解約せずにいた三ヶ月間。
月額980円の価値がそれほどないと判断して5月に解約手続きに進んだ。
すると「三ヶ月間で980円キャンペーン」が表示された。
コロナで外出もままならないし、あと三ヶ月だけ続けてみようと、解約せずにキャンペーンを申し込んだ。
9月3日までは読み放題なのだ。


それにしてもスマナサーラ長老の著書が「Kindle Unlimited」にあるとは考えもしなかったから、確認せずにいたんだな。
読みたい本があって、万が一と調べてみたら...まさかの、ね。


これらが自分の所有物になるわけではないので、読んでは概要を非公開のブログにせっせと更新している。
これら記事ってほぼほぼ丸写しだから、公開はできない。





ピロカルピン - 未知への憧憬



ピロカルピン「京都 (15th anniversary version) 」MV



“ 遠い宇宙の彼方へ
光を遮っては消えた
あの子はまるで銀河
歪んだ目には映らない

夢現の最中で
光を遮っては消えた
あの子の話す声は
汚れた耳には届かない

会いたかった幻
星降る夜の中
響き合って震えた
祈りは届いてた

たった一人の世界が 今開く
心つないだら
もっとふけ 風よ もっとふけ
偽物の羽でも 飛べるはず

もっと見て 先を もっとみて
信じて 黒い目の明日を

小さなからを破るとき
導かれて浮かぶ空へ

夜空に浮かぶ銀河
その果てしない空の奥
ここで見てるだけでは
あの星に手は届かない

行方はくらました
時計は捨てて来た
希望はこの胸に
唱えよ ひらけドア

きっと何かがはじまる 常識は
覆してわかる
もっとこげ 先へ もっとこげ
羽なんかなくても 生きられる

もっと世界を知れたら 強くなる
迷いを手放して
もっと見て 先を もっとみて
信じて 黒い目の明日を

大きな海を渡るとき
導かれて急ぐ先へ

わずかにゆがむ景色
壊れた船で一人きり
アンドロメダの海に
小さい光が降り注ぐ

たった一人の世界が 今開く
心をつないだら
もっろふけ 風邪よ もっとふけ
偽物の羽でも 飛べるはず

もっと世界を知れたら 強くなる
迷いを手放して
もっと見て 先を もっとみて
信じて 黒い目の明日を

小さな殻を破るとき
導かれて浮かぶ空へ ”







今日の朝ソングは、
ピロカルピン 「未知への憧憬」「京都」



瞑想って面白い。
いやいや、まぁ退屈ではありますよ?
決してワクワクすることではない。
ついサボりたくなるしね。
読書している方がずっと好き。
けれど瞑想に関しての知識を入れてしまうと、私の場合は変に意識しすぎてしまうようだ。
事前に知ってしまうと、ギクシャクしてしまうんだな。
瞑想を実践して変化に気づく方が、自然に無理なく受け入れられるみたい。


面白いのは自分の感覚の変化だ。
一昨日の座る瞑想は思いの外時間の経過が早くて「あれ?もう30分?」と思ったのに、
昨日はやたらと長くて「時間よ、早く経てー」って苦しくて、その上足の痺れが半端じゃなかった。
同じ一定の時間が経過しているとは思えないほどの、時の経過への感覚の違い。
そうそう一時期の眠気は一昨日以降、ピタリと消えた。
続く立つ瞑想や歩く瞑想は、座る瞑想からの一連の流れで普通に行なっている感じ?
「嫌だなぁ、やりたくないなぁ」とまでは思わない。
ただ「する」


今日は何が出てくるのかな?
辛いのじゃないと良いなぁ...まぁ期待はせずにね。






東京は曇り空の月曜日、午後からは晴れる模様。
みなさまの生活は動き出していますか?




私はもう少し先延ばしにする予定。
今しばらくは瞑想を中心に...。












行ってらっしゃい。





行ってきます。