遠い箱

精神障害を持つアラフィフのヘンテコな毎日と、日々変化する心情を綴ります。

涅槃さんのこと、これからのこと。

十年近く前にしていたブログで出会った人たちのことを、たまに思い出す。
心から好きだった人もいれば、なんとなく苦手と思いつつもやりとりをしていた人もいて、
私がよく思い出すのは心から好きと思えた人たちだ。


涅槃さんとの出会いの経緯は忘れてしまった。
どちらからのアクションだったろう?


アメーバーブログは読者申請後、承認されると読者となる。
そのひと手間が原因の一つでもあるのだけれど、私としては、いや肯定感の少なめの人なら、承認されないのではないかという自信のなさ故に読者登録の申請ができなかったのではないか?
よって読者登録せずにやりとりを重ねることは、案外多かった。


実に様々なタイプの方とのやりとりがあり、バックボーンも趣味も好みもブログの手法も多種多様で個性的だった。
いずれのやりとりも、それぞれの楽しさがあった。
比較するものではないが、若き日に小説家になりたかった私としては、小説家志望の、もしくは過去そうだった方とのやりとりが非常に刺激的で、今でも深く印象に残っている。


涅槃さんはその一人で、彼女とは互いに読者登録せずに長くやりとりを続けていた。
二年ほど前までは残されていた涅槃さんのブログは、今はもう削除されていて私にはその存在の行方を知るすべがない。
現在のアメーバーに「涅槃」というブログ名の方を見つけはしたものの、男性らしいので私の知っている涅槃さんとは別人と思われる。
アメーバーでブログを更新するのをやめてからも、私はごくたまに涅槃さんやラッコさんのブログを覗きにいった。
かつて交流のあった人の変わりゆく姿は、どことなく違和感を覚える。
それに加え外部から覗き見る継続される更新に、もう部外者となった疎外感への少しの淋しさがある。
しかしながら、それ以上に感じる懐かしさで暖かな気持ちになるのだった。


あの頃やりとりをしていた方のブログのほとんどが現在では削除されているが、本を出版しプロとして現在も活躍なさっている方がお一方だけ確認できた。
当時の私がほのぼのと気軽にやりとりを続けていたのは、どちらかと言えばメインブロガーの方ではなく連れの方。
まんま「ツレちゃん」がブロガー名なのだけど、なんというか彼のふわふわっとした優しと可愛らしさが滲み出る文章や「かいわれ」の成長記録が、私の心を隅々まで癒した。
メインブロガーの方ももちろん素敵な人なのだけど、どうも恐れ多くてやりとりには若干気が引けてしまうのだった。


このお二方のブログは今では他のブログサイトに引越しを済ませ、現在もブログ更新を続けておられる。
その存在を知ってはいても、私からは何のアクションも起こせずに過ごしている。
覚えていてくれたら嬉しいけれど、忘れられていた時の悲しさを考えると、とてもじゃないがこちらからアクションなど起こす気になれない。
そんな勇気は私にはない。


この「はてなブログ」でブログをなさっている多くの方々にも、恐れ多い感を抱く「プロですか?」と見紛うがごとき完成度の記事を更新なさる方々が少なくない。
ACには様々なタイプがある。
自己顕示欲の高すぎるタイプもいれば、自己肯定感が低く自信が持てず気後れしやすいタイプもいる。


私はよく前者に見られるが、実は後者だ。
自己否定感の塊だった私が、周囲の人々のおかげで自己肯定ができるようになってはきたものの、やはり長年連れ添い馴染んでしまった自己否定感から、そう簡単には脱却できない。


おそらく私の根っこにあるのは、けっこうなお調子者だろう。
けれど、それでも育った環境やその後続く他者からの攻撃により、そのお調子者の芽は無残にも毟り取られ、粉々に踏みつけられた。
粉々に壊れた陶器のかけらをつなぎ合わせるように、なんとか形らしきものになった継ぎ接ぎだらけの自己肯定感は、非常に脆く崩れやすい。
ほんの少しの刺激でも、スコールみたいな自己否定感が襲来して、自己否定の塊へと舞い戻るのだ。


たくさんの愛を受けて、確立する揺るぎない自己肯定感とはわけが違う。
それはまさに嵐までとは行かぬ、強めの風で吹き飛ぶようなあばら家のようなものだ。
いやもしかするとそよ風が吹いただけで、ふわふわと飛散する綿帽子並みかも知れぬ。


まぁそんなことは今回はどうだって良い。
ん?良くもないか?
これはこの記事には関係性があるのだから。


そうそう、そうなのだ!
本日この記事のメインは涅槃さんのこと。


涅槃さんね、そうなんだよ...
似たブロガーさんに出会っちゃったんだな、これが...このはてなブログでね。
なんでか読書登録してくださったの。


お邪魔したら...「はぅぅっ、なんだろ?この感じは...」とね...
そいでもって私ときたらドキマギしながらコメントを書いちゃったんだな...
いや私だって、初めてお邪魔したブログには、滅多に即コメントはしませんよ?
だってほら案外臆病ですから、私。
あーもーこりゃ書かずには去れん!という、なんだかそんな気持ちになる時があるのですよ。
でね、その方のブログ記事はなにか引っかかるものがあって、ついコメントしちゃったんだな...
そうしたら嬉しいことにコメント返しをいただきまして、
それでつい調子に乗ってムッサたくさんコメントしまくっちゃったのよね。
で、ハッと我に返って途中で退散。
よく知らん奴から、いくつもコメントもらって嫌な気分にさせてしまったらどうしようか?と...猿の反省に入った私。
でね下記のブログを書きかけたのです。

昔やっていたブログで出会った涅槃さんのことを、
私はたまに思い出す。


そしてつい数日前から、繰り返し彼女のことを思い出している。
それはとあるブロガーさんの記事を拝読したことから始まった。

そうあの日、ダークな気分から突如としてハイに転じた私は、
新しく読者登録してくださった方々のブログ巡りを再開したのだった。
ここしばらくよそ様から受ける刺激に対する抵抗力が低下していたため、
馴染みの方々のブログサイトにすら足が遠ざかっていた。
そんな私が新しい刺激に耐えうるはずもなく、この一ヶ月近くの間
読者登録していただいても完全スルー、見ない気づかないふりをして過ごしていた。
もうなんか、人と関わりたくないし、
今やりとりしている方だけで十分だし、
これ以上広げると大変だし、
と、やたらと閉鎖的な気分で過ごした。


けれど、あの日の私は違った。
好奇心がメキメキ湧き上がってしまった。


そして...あれ?
なんか、これってデジャビュ
ん?初めての気がしない...。
いつかどこかでお会いしました?

あ!涅槃さんだ!
涅槃さんでしょ?


って、あれ?
全く年代が違うってことにハタと気づく。


ノリノリ気分でその方の記事にコメントしまくった後、
涅槃さんとの出会いを辿るために昔のブログを最初から読み返してみたら、
あまりの誤字脱字おかしな言葉遣いと意味不明さに打ちのめされてしまった...。
やだな...穴があったら入りたいとはまさにこのことだわ...。


涅槃さんのブログはとうに削除されて、どこにも存在しないのよね。
涅槃さんは現実的なお方だったから、過去のご自身の過去ブログが恥ずかしくなってしまったのかも知れない。


ブログを長く続ける特徴...
平気で前言撤回できる恥知らず加減が重要なのかも?
己のアホさ加減に愕然としても、そのうち忘れ去れる能天気さとか?


恥知らずな私は、恥で死ぬんじゃないか?と一瞬思うけれど、
数十分で立ち直る。


そして、調子に乗って涅槃さんと重なる部分をコメントしまくった自分を抹殺したくなるほど、
今、恥じております。


削除しに行こうかな...
なんか脱字もあったしな...

◆『遠い箱』ダッシュボード>記事管理>下書き より引用


上の記事を書き始めたときは、今回のブログタイトルと共通項のあるタイトル「涅槃さんのこと。」だったのね。
けど、あれね...昔のブログ読んじゃったのが影響して、自分の過去ブログのアホっぷりに打ちのめされるってそりゃもう気持ちのやり場がないわけで...タイトルは「人間失格」に変更してみたりしたのです。
これはもう自損事故ですからね、しかも自賠責入ってないってば...っていう感じの落胆ぶりだわぃ...。


そしてね、もう気力の限界っていうんですかね?
これ以上、私にはこのブログ記事の続きは書けない...とりあえず今日のところはここまでにしておいて、下書きに保存しておこう。
そして気力を回復してから続きに取り掛かろう...とね。


けれどなんだ?
けっこう刺激のある日が続いてしまったから、ダメージが次々とね...上の記事を書くほどの気力はとうとう戻ってこなんだ...。


そして今、挑んでいるのです。
私にとってのポスト涅槃、いつまでも過去ブログ引きずってないでね、新しい世界に馴染むための第一歩が貴女との出会いなのです。


言葉は難しい。
そして伝える方法の選択は、更に難しい。
どこかの全く違う人に向けた言葉でも、曖昧すぎるが故に、繊細な私たちの心に刺さる。
だからできればシンプルに単刀直入に当事者へ向けてキッパリとハッキリと表現できれば良いのだけれど、ブログとはいえ公に開かれているこの場所で、揉めるものスマートではないのでね...どこの誰が見ているのか分からないから言葉を選ぶ。
けれど選んだ言葉が曖昧すぎて、本来大切に思う人たちを傷つけてしまったなら、それはもう本末転倒だ。


もしももしも私の不用意な誰に向けたか分からぬ不安になる言葉で、貴女を傷つけてしまっていたとしら、ごめんなさい。
けど、あれは貴女や、無言でそう望む奥ゆかしい気持ちを持つ人々へ向けての言葉ではないのです。
あからさまに直言されたら、だって断れない人も中にはいるわけで...
また大人のおおらかな表向きの対応も、実はキリキリとした胃の痛みを伴っていたりもするってことをね、
なんというかドカドカと平気で踏み込んでくる人にね、少し遠くから言ってみたのです。
けれど、こういうやり方もなんだかね...遠回しすぎた。


そういう人に、ここへは来てほしくなかったのですよ。
直接本人にコメントできるほどの気力がなくて、
けれど、当事者にはコメント拒否設定を試みたりはしているのです。


これね、この記事、読み返すときっとどんどんカッコつける方向へ進んでしまって、
なんだか体裁だけ整えて本当に言いたいことがぼんやりとしてしまいそうなので、
読み返さずに更新します。


誤字脱字、おかしな言い回し。
笑いたい奴は笑えばいいさ〜
今、伝えたいの。
今、この時に。




















怒濤の二日間 ⑵

そんなんで(って、どんなんだ?)昨日の続き。


時は2020年1月16日(木)。
本日1月19日(日)まで東京ドームで開催している『ふるさと祭り』へ夫と二人、出かけた。

前回の『怒濤の二日間 ⑴』で書いた通り、二人の友人にLINEして会うことになった一人、友人Aのがこの『ふるさと祭り』に出店するため、一年ぶりの上京をしている最中だった。
この友人Aと会うために、ふるさと祭りに行くことになったのだ。

この友人との出会いは、私が発病する前の2001年に遡る。
とある美術学校で、半年遅れて入学した彼と出会ったのが、二十年近く続くこの付き合いの始まりだった。
当時の私はまだ結婚前の夫に夢中で、知り合う友人全てにいずれ夫となる彼を紹介していた。
ほぼほぼ男友達しかいなかった私の周囲の男たちの間で、彼は非常にウケが良かった。
誰もが口を揃えて、「えるよりもMくんの方が断然イイ」とか「えると一緒にいられるなんてデカイ男だ」とか「奇跡のカップル」などと言ったものだ。
そんなんで私がこの時期知り合った全ての男友達は、いずれ夫となるMとそれなりに親しい。
むしろ私との友情は途絶えているものの、夫とは未だLINEのやりとりをしている者まで存在するくらいだ。


思い起こせばあの頃は、私の55年間の人生の中で一番楽しい時代だった。
実に多くの人との出会いがあって、人を信じることや自分のままでいることに戸惑いを持たなくなれた、人間不信の私にとっては貴重な一時期に当たる。
初めて自分で稼いだ学費で入学して唯一卒業できた美術学校、そこで私より一回り年下のAと出会ったのだ。


そういえば、いくつの頃だったかな?
そうあれは二十代前半のいつかの頃、初めての家出の真っ最中だ。
十年前のブログでは十代の頃に家出を繰り返したと設定しているが、実はあれは作り話だ。
十代の頃の私は半ひきこもりで、学校中退を次から次へと繰り返していた。
高校デビューはおろか、22歳デビューというのが奇妙に恥ずかしくて、当時のブログには真実を書くことができなかった、四十代だった私の創作。
私はいくつもの嘘を積み重ねて、ここまで生きてきた。
その全貌を明らかにする日は、いつか訪れるのだろうか?
はてなブログでは、いくつかの真実を打ち明けている。
それでも全ては語っていない。語られたのは極一部のほんのさわりに過ぎない。
未だ語れない過去が、私にはある。
55歳になってものしかかる薄暗いあの日は、私の中では未だ過去になっていないのだろう。


家出してから様々な経験をした後に、初めて自分のマンションを借りて、初めての本当の一人暮らしを始めた新宿区舟町。
そこでよくすれ違う、奇抜なおじいさんがいた。
颯爽と歩くそのスリムな姿は実に印象的で、カッコよかった。
歩いているだけで風が吹く人。
そのおじいさんは、長沢節という戦後の日本ファッション界でかつて一世を風靡した、今は亡きイラストレーターだ。
彼が主催するセツ・モードセミナーは、二十代の私が憧れた学校。
その学校のすぐ近くにマンションを借りたのは、いつかそこへ通いたかったからだ。
セツ・モードセミナーの学費は、通常じゃ考えられないくらいに安い。
その安い学費すら捻出できなかった、当時の私を思い出す。
「頑張ったね、もういいよ、そんなに自分を傷つけるのはやめにして」
ってね、その頃の私を抱きしめてあげたい。

戦後の日本ファッション界に当時としては刺激的なスタイル画で一世を風靡。


長沢節 - Wikipedia


その憧れのセツ・モードセミナー美術科に入学することができたのは、あの頃から十年近い歳月が流れた2000年9月。
2017年4月をもって閉校となった、憧れのあの場所で過ごした数年間は、私の宝物のようなひとときだ。

イラストレーター、広告、出版界、ジャーナリズム、ファッション界、美術界、実業界に多数のクリエーターを輩出し続けている。

セツ・モードセミナー - Wikipedia


思い出に浸るのは、今回はこれにて終了。
さあ、そろそろ昨日の続きに行こうか。


r-elle.hatenablog.com


www.tokyo-dome.co.jp


友人の仕事ぶりをチラ見しつつ、『ふるさと祭り』を楽しんで、友人Aの仕事が終わってから久しぶりに飲む約束をしていた。


約束の前日、ワクワクと『ふるさと祭り』での計画を練る私に、横から夫が口を挟む。
特別企画の『呑んべい横丁』に参加するための「ストラップおちょこ」を購入したがる私への反論が始まる。

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「それ、勿体無いだろ?」
「全然得じゃない」
「ストラップとは別にに1杯100円から200円も取られるんだぞ?そんなのは損だ」
「俺はそれ、いらない」
「どうせ、ふるさと祭りが終わってから飲むだんろ?」
「俺は雰囲気を楽しむだけでイイ」
「ふるさと祭りで飲むのは、前に行った時に飲んだ地ビールだけでイイだろ?俺はあれが飲めたら他はいらない」
「あんなとこ、普段より(価格設定が)高いだろ?」


あー、もうっ!
そりゃまぁ貴方は毎日毎日飲んでばかりいて、こんなイベントで「飲んで楽しむ」ことを特別のこととは思えないのでしょう?
流石にこれは私でも口に出さない。
あくまでも心の声だ。


そして夫への私の反論は、
「一年に一度のお祭りだし、イベントを目一杯楽しみたい」
「勿体無いとか損とか...そんなことばかり言ってたら十分楽しめない」
「元を取るためにお酒をたくさん飲むつもりはないもん、なんだか楽しそうじゃない?ストラップ首にかけて、ちょっとバカみたいにはしゃいぐのって」
「出店している人たちと「おちょこ」の「ちょい飲み」をきっかけに、交わす言葉も面白い」
「そりゃイベント価格だろうけれど、そんなこと言ってケチケチしてたら、ちっとも面白くない」


噛み合わない互いの意見に、どうにもむず痒いような感覚になってくる。
最後の夫の捨て台詞がこうだ。
「俺は別にAと飲めればそれでイイんだ。ふるさと祭りなんて行かなくてもイイ」
「え?そうなの?Aの働く姿が見たいって言ってたじゃない?」
「...」
「私はAの働く姿も見たいし、ふるさと祭りにも行きたい。むしろその後の飲みはなくてもイイもん」
「なんだ、お前、Aと飲みたくないの?」
「明日じゃなくても飲むのは他の日でもイイじゃない?」
「じゃいつ飲むんだ?」
「Aは二十日までは東京にいるでしょ?それまでに飲む機会は私にはあるから。明後日は朝から就労移行支援があるから明日は遅くまで飲みたくないんだ、私は」
「なんだ?明後日早いの?」
「言ったじゃん?」
「...」
「もう...明日は一人で行ってくれば?私は金曜日にSちゃん(LINEで連絡した、もう一人の友人)と一緒に行くから」
「なんだよ、俺一人で行ってイイの?」
「イイよ、別に」
「お前、何かと言うとAのこと『私の友達』って言うだろ?」
「言うよ、だって元々は私の友達じゃん?」
「俺が会うの嫌がるだろ?」
「そりゃどうせなら私も会いたいけど、男同士で話したいこともあるだろうから、そういうのもたまにはイイんじゃないって前に言ったでしょ?」
「...」


こんな調子のこの会話に、なんだか無性に腹が立ってくるわけで、こんな馬鹿げた会話をいつまでもブログに載せる気にはならない。


まぁそんなんで私としては、夫と別行動を取るつもりでいた。
当日の昼頃に目を覚ました夫が、読書をしている私に声をかけた。
「AからLINE来てた」
「ふーん」
「お前、今日行かないの?」
「うん」
「俺、一人で行ってイイの?」
「イイよ」
「お前、どうするの?」
「私は明日でも、土日にでも行けるから」
「なんだよ...」
「あれ?ブーは私と一緒に行きたいの?」
「その方がイイだろ?」
「じゃ私はストラップ買うけど、色々と口出ししないでね?」
「ああ」
「じゃ一緒に行きましょう」


そんな流れで夫と二人で『ふるさと祭り』へ。
この時点で若干の不安は残っていたものの、しっかり釘を刺したつもりでいた私は不安よりもAとの久しぶりの再開に心を弾ませていた。


そしてこの小さな不安は、想定外の波乱となる。
うーん...波乱とまでは呼べないかも、波紋程度かな?


その結末は次回で。


















怒濤の二日間 ⑴

なにかもう、怒涛の二日間を過ごした。


この怒涛の到来のきっかけとなった出来事は、1月9日に起きた。
私の夫はまぁなんていうか、世間一般的にいうとアルコール依存症予備軍だ。
そんな彼と私が出会ったのは24年前、私が31歳の頃。彼はなんと22歳だった。
彼に初めて会った時、その大人びた落ち着きぶりに27〜28歳くらいかと予想した。
3、4歳年下...ありだな、と判断。
その後、22歳と判明した時の衝撃ったらなかった。
いやもう、こりゃ犯罪だわ...と。
それでも彼に魅かれていた私。
すでに離婚歴もあり、今後も子供を作る気も、再婚も考えていないのだから、「いつかは彼に年相応の彼女ができて、お別れする日が訪れるだろう」と考えて、彼との交際を開始した。
結果的に七年の同棲を経て、2002年に入籍し、現在に至っている。


そして夫となったその人は、私が出会った22歳の頃から24年間、酒を欠かしたことがない。
風邪を引いて寝込んだ時に、二日ほど飲酒しなかったことがあるような気がするが、定かではない。
そんな彼も四十半ばを過ぎた現在、体調不良を感じるにつけ健康診断を受けに重い腰をあげたのは、昨年の十月下旬だったろうか?


良いとは言い難い数値結果と「このまま飲酒を続けると肝硬変になる」と診断され、酒量を彼なりに減らし、食事にも気を配るようになった。
毎日同じものを食べても飽きない人なので、豆とゆで鶏と野菜しか食さなくなって久しい。


そんな夫が突如として朝帰りをしたのは、お正月休みが開けて間もない1月8日だった。
基本的に仕事が終わるのは深夜、朝まで仕事が押すことも珍しくない夫。
このところ夫との距離に気をつけている私はこの日、夫の帰宅を待たずに、午前2時には就寝した。
翌朝午前7時に目覚めると、夫のベッドは空のままだった。


いつもは気に留めない私だが、なぜかこの日は予感がした。
「飲みに行ってるな...」
開けて午前7時45分、LINEで「今度は何ですか?」と送ってみた。
「まだお仕事ですか?」「飲んでいますか?」
ではなく「今度は何ですか?」にしてみたのは、私なりに文面を考えた末のことだ。
そして案の定、いつまでたっても既読にはならなかった。
お酒が入っているときには、LINEを無視する夫。
飲んでいるのだろうと思ってはいても、何かあったのでは? 事故にあったのでは? どこかで倒れているのでは? と、心配になる。
あれこれと考えているうちに、ハッと我に返った。
また夫のことで悩んでいる私に、危機感を覚えた。
また人ごとに巻き込まれている...。


夫のアルコール問題とは少し離れて、私は私の問題と向き合う。
そう決意してから長くない今、私は再び夫の行動で、心配したりイライラしたり悲しくなったり怒りを感じているのだ。
人に感情を乱されるのはこりごり...。


「離婚」「別居」の文字が脳裏をかすめる。
平日の早朝、こんな不安を相談する相手を、私は持たない。


キーワードを「アルコール依存症」「離婚」「別居」と検索バーに入力する。
そしてとあるブログサイトにたどり着いた。
アルコール依存症の夫を持つ妻のブログだった。
そのブログを私は早速、読み進めた。
2018年7月からコツコツと、記事を更新し続けておられるようだ。
いい加減さなど微塵も感じさせない、まっすぐに、時に厳しく夫のアルコール問題と向き合うその姿勢には、「信頼」を感じた。


そして、記事タイトル「まだ我慢していますか?」という記事を読みながら、とめどなく流れる涙。
泣きながら私は、なんの交流もない検索した結果に流れ着いた、初めて訪れるそのブログサイトの記事に、長いコメントを残した。


「はじめまして。
今、どうしたら良いのか、心から迷っています。
私自身が双極性障害者であり、自分自身の取り組みに全力を注がないと、前進できないと思っています。
今の状況から脱出したいのです。
けれど、私が私をすればするほど、彼は孤独を感じるのか、私が嫌だと思うようなことをします。
私はACで共依存、しかも精神障害者なので、私が原因で彼のアルコール依存が悪化するのだろうと思ってしまい自責の念にとらわれます。
大変、苦しいです。
ここ数日、彼との離婚を真剣に考え出すようになり、検索で貴ブログにたどり着きました。」


すぐに反応があろうこともなく、私は悶々とした数時間を過ごした。
そして午前9時を回った時、健康福祉センターに電話を入れたのだ。


電話口で対応してくださったのは以前、私が就労移行支援を受けるに当たり、担当してくださったF氏だった。
彼女の柔らかく落ち着いた声が、私の高まった気持ちを鎮めてゆく。
そして私は、現状と、夫との別居を考えるに至った経緯を話した。
その上で、私のような夫以外に身寄りのない精神に障害を抱える者が、一時的に身を寄せる機関があるかどうかを問い合わせる。
回答は「そのような機関は存在しない」だった。
F氏曰く「DV被害にあわれて生命の危機に関しているのであればシェルターは存在しますが、Mさんの現状では...」
「確かに...私は殴られたりはしないですものね...命を奪われる危険性はない...」
「どなたかお知り合いで頼れそうな方はいらっしゃらないですか?」
「...以前、Fさんにもお話ししましたが、精神障害者である私は母や妹から疎まれています。父が生きていれば、もちろん彼なら助けてくれるでしょう。妹からは『私たちに迷惑をかけないで』とハッキリと言い渡されています。彼女たちとは長く疎遠です。友人...友人は確かにいますが、私は彼らには頼れません。現在の私には夫以外に頼れる人は存在いたしません」
「そう...でしたね...ここは一つ落ち着いていただいて...先ほど、ご主人のアルコール問題の中にあっても、頑張って就労移行支援を続けていらっしゃると伺って、私は良かった、とホッとしました。Mさんの状況下で就労移行支援に通い続けるのは大変な努力ですよ。やめてしまわれても当然なくらいの状況でしょうから...今現在、十月の再就職に向けて努力をなさっているのですから、ここは一つその取り組みに集中していただいて...状況が変わってくれば、その変化に応じて様々な変化が起きます」
「そうですね。そうだ、私、自分のことをしようって決めたんですものね。今、別居や離婚などしたら生活に追われて、就労移行支援も続けられなくなりますよね」
「そうです!その通りです」


そんな経緯があって、私は考えるようになったのだ。
相談相手に、公共機関か面識のないブログしか思い浮かべられない私の現状を。
なんとも心もとない現実を思い知る。


頼る相手を得るためにする努力というのは、なにか不自然で胡散臭い行為と感じられる。
誰かに重く縋るつもりはなくとも、相談できる相手くらい思い浮かべられない交流関係とは如何なものか?
「忙しいだろう」とか、「迷惑なのでは?」と相手を慮っているようで実は、取り残された自分の惨めさを実感するのが怖いから連絡をしないだけなのだ。



懐かしい人たちの笑顔が浮かぶ。
どうしているかな?
元気だろうか?


もっと自分の気持ちに素直に正直に、
大好きな人に連絡してみよう。



そう思って、一年以上連絡の途絶えていた友人二名にLINEしてみた。
返事はすぐに返ってきて、彼らと会う約束を取り交わした。



その約束が1月16日、17日と立て続けに入って、今週は少し忙しくなった。
またそれに夫との関係も絡まって、ややこしいこととなった怒涛の二日間だった。


少し長くなったので、この後の展開は次回。















r-elle.hatenablog.com





少しだけ前へ行こう。

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爽やかとは言い切れない、もやもやとした気分の朝。
朝から用事のないこんな日は、ベッドから抜け出すタイミングに迷う。


布団の中の温もりを幸せと感じられるときならば、
小さな幸せに包まれて、それらを十分に味わい尽くすのも悪くない。


けれどね、もやもやと鬱々と、
マイナスな思考の連鎖に捕まりそうなこんな朝は、
エイやと布団を跳ね除けて、そんな思いを断ち切ろう。



ベランダに出て空を見上げれば、
東上方に見える下弦の月が「おはよう」とご挨拶。
空からの朝の贈り物。


さあ、いつまでもちっちゃな憂鬱に引きずられていないで、
新しい一日の始まりを味わおう。


おはよう。
もう大丈夫。


心配かけちゃってごめんね。
心配してくれてありがとう。




朝の月 : あんべ光俊



今日の朝ソングは、あんべ光俊の「朝の月」


いくつもの悲しみや苦しみを背負って、
それでも前を見つめて生きている人たち。


あなたの優しさと強さ。




さあ、少しだけ前へ行こう。








行ってらっしゃい。




行ってきます。



















冬の贈りもの。

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夜明け前の空は、限りなく宇宙を感じさせる。
今日の東京の天気予報は晴れのち曇り。
日が昇れば、青空が広がるのだろう。


どうやら関東甲信越以外の日本の空は、
雲に覆われる模様。



けれど、その雲の向こうには、いつだって青い空と太陽がある。
しののく雨も、降りつもる雪も、
あなたと地球を潤す天からの贈りもの。



“寒いですね
お風邪などひかないように
暖かくしてお出かけください”


平凡に交わす挨拶も、
人と人とをつなぐ魔法の言葉。



米津玄師 MV「orion」


“今なら どんな困難でさえも
愛して見せられるのに
あんまりに 柔らかくも澄んだ
夜明けの間 ただ眼を見ていた
淡い色の瞳だ

真白でいる 陶器みたいな
声をしていた 冬の匂いだ”


今日の朝ソングは、米津玄師の「orion」
美しき言葉遊びは、冬の寒さも喜びに変えることでしょう。








行ってらっしゃい。



行ってきます。

















未完成なあなただから。

ねぇ、考えてみて


もしもあなたになにごともなく
ずっと幸せに生きてきたなら

きっと私とこんな風に
出会うことはなかったでしょう


あなたがあなたの生まれたままの
神様からの贈り物だけで
光り輝いていたとしたなら


私はあなたが眩しすぎて
近寄ることすらしないでしょう


あなたが私を見つけたのは
私のなにを見たからなのか




あなたが私に感じたものは
どんなものだったのか






私があなたに魅せられるのは
あなたの中で震えるなにか



完璧じゃないからね
だからこそ美しい


完成されたようで
壊れそうなそんな未完成なあなたの...




私たちは少しだけ心に傷を持つものたち
似ているけれど同じじゃない
近いけれどとても遠い




ここへ来てくれて
どうもありがとう



すぐ近くに誰かがいてくれても
空虚が埋まらないことを
そうできない自分をどうか責めることはせずに



いつかね、きっと
全てが満たされる日が訪れることでしょう




それまではそのほんのりとした淋しさが
あなたを一層魅力的に輝かせるのです





透明感というものは
全てに満たされたら消えてしまうものだから

















突き抜けたければ、是非ともお勧め♪【追記2】

『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』
私にとってはなかなかの良書だった。
むしろベストセラーである『多動力/堀江貴文 著』よりも、私的にはこちらをお勧めしたい。


『多動力/堀江貴文 著』には「やってみよう!JUST DO IT」というチェックリエストがあるから、これを実行したい人は是非!
そして私はこちらの、この一文が好き。

自分が手掛けているプロジェクトを紙にすべて書き出してみよう。どこかの誰かがすでに発見した技術やノウハウをわざわざ生み出そうとしていないか?
あなたにしかできない革新的な仕事をやれているか?
師匠や上司から教えを請うために、下積みや修業をやっている人は、早く独り立ちしよう。
とにかく始めてしまえば、必要な知識やノウハウはおのずと身につく。


さてさて、『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』
こちらを「堀江貴文氏の読まなくてもいい2冊」の1冊に上げているブロガーさんを見つけたけれど、どうなのかな?
自分がどうなりたいか?
何をしたいのか?
どこを目指すのか?
それは人それぞれ個々人で大きな隔たりがある。
突き抜けた人になりたいなら、読んで損はないと思うのですよ。
プレゼンのヒントにもなる章もあるし、実践的なのじゃないかな?


そして『ハッタリの流儀』にももちろん、『多動力』同様に「やってみよう!JUST DO IT」がある。




こちらも是非!
『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』読了後に表示される、なんとも面白企画を紹介しております。

r-elle.hatenablog.com


基本的に私は、書評らしい書評はいたしません。
そのうちにきっと、ケイタさんがなさってくださることでしょう♪
楽しみにしています。

==============================

ここから先は、ここ数日にブクマコメントくださった方へのコメント返しです。

有栖川あむ (id:amusan_hikikomori)さん
いつも目を見張るようなコメントをありがとう!
あむさんからのブクマ、コメントはいつも私の心をとろかします。
貴女と出会えたことは、ブログを始めて良かったと心から思える大きな大きな要素です。

パイロットになりたくて」不器用だけど力強い感じが好き(*´˘`*) シャワーの中で泣き喚いたことあるので、歌詞に共感します( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )笑

あむさん、ぎゅっと抱きしめたくなりますぞ^^
そして『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』、あむさんには絶大なるお勧めをします!




のんちゃん(id:Garyurin)さん
のんちゃんさんは私とは全く生き方が異なれど、その力強さに私は度々ハッとさせられます。

なんか別れ際の様子は映画で見るようでした。。とても素敵な時間でしたね。良かったです(*^_^*)。

そうだけれど、強いだけじゃなく乙女の部分がちらほらり♪
現実から少し離れたくなった時に、のんちゃんさんの乙女が出てくるようなブログ記事を書きたいな♪
いつも応援してくれて、ありがとうございます!




papa(id:ta-sanpapa)さん
papaさんのブログ記事は、私にとって乾いた心を潤すオアシスです。
心が揺れやすい私の安定剤でもあります。
それは温泉へ心も身体も癒しに行くイメージ^^

私は、凡人なのでわかりませんが、これを買う方がいるんですね!こんなの知りませんでした!面白かったです、ありがとうございます

ね!いるんですね!
papaさんは決して凡人とは思いませんが、あまりお金持ちになってほしくないなぁ...暖かくて柔らかな今のままでいてほしいのです。
チクチクトゲトゲ、心がとんがってしまったら、papaさんのブログへ飛んでいけばほわわ〜んと柔らかい気持ちになれるのです。
更新が楽しみ、いつもありがとうございます!



masukirari(id:maako315)さん
いつも心温まるコメントをありがとうございます!
masukirariさんのブログ記事に「母の気持ち」を教えていただきます。
母から娘への愛。
私の母にもきっとあったことでしょう。

詐欺は怖いですね、、、不安でしたね😓

ね!本当に...このアプリむちゃくちゃ巧妙なんですよね...中には気づかないで毎月課金されている方もいらっしゃるのではないかな?
クレジットカード明細をあまり見ない方は案外たくさんいらっしゃるから....。
本アプリの評価を見ると、解約申請しても処理してもらえずに何ヶ月も会費と払い続けている方や、二重課金されてメールしたのになんの対応もされていない方やら...評価を読むと驚きます。
不安定な部分が多い私です。
masukirariさん、これからもどうぞ宜しくお願いします!



ケイタ(id:bkeita) さん
まだお会いしたばかりですが、貴方様は実に大きな影響力。

絶頂期のプリプリですね~時折思い出すこの曲、私の中では「頑張れポンコツグルマ」という曲名になっていました。

はい〜そういう勘違いってけっこう沢山ありますよね!
あのフレーズに私は、うるるんってきてしまうんだなぁ...。

ハッタリの流儀も面白そうですね。企画を読んでいて楽しかったです。みなさん結構お金持ってますね。

是非ともケイタさんの【書評】で広めてくださいませ♪
そう、お金持ちは意外と世に存在するのです。
これからも宜しくお願いいたします!




どるどる(id:dorudoru898)さん
どるどるさんを知ってから、このはてなブログでは長いお付き合いになりますね。
控えめな印象のどるどるさん、その奥に芯の強さを感じております。

綺麗な空ですね~

その短いたった一言に、色々などるどるさんが垣間見えます。
これからも気が向いたときにコメントしてくださいね^^



meimisika1030(id:meimisika1030)さん
確か今回コメントが、初めまして^^ですよね?
違っていたら、ごめんなさい(汗)
初ブクマコメントをありがとうございます!

詐欺は嫌ですね。迷惑極まりないです。慎重が第一ですね。

全くもっておっしゃる通りです。今回の手口は詐欺と言っても過言ではないと思うのですよね...。
明らかになった時点で記事にいたしますから、その際には是非ご感想を!
これからも末長く、どうぞ宜しくお願いします!



そして最後に
TORU(id:torus1)さん
ブクマありがとうございます!
▼ローカルドットライフへGO!
work-dotlife.com

Facebookからお邪魔いたしますね^^
完全お引越し後も、どうぞ宜しくお願いいたします!










安心して暮らすための、慎重に過ぎることはなく。

昨夜、心配事が勃発して眠れなくなってしまった。
三連休の真ん中の深夜に起こった心配事。
夫は仕事で不在。
相談すべき機関でこんな時に対応してくれるのは...?

ネット検索をかけてみる。
検索キーワードは「アプリ 詐欺 相談 電話番号」

f:id:R_elle:20200113101744j:plain

あ...やっぱり警察よね?

f:id:R_elle:20200113101449j:plain


で、早速電話してみた。
電話口で対応したのは、冷徹な感じの男性。
もしもーし、ちょっと貴方、
「あーあー、またこんな...馬鹿めが...」
ってね、心の声が出ちゃってますよ〜
という冷ややかな話し口調と声色。
くじけそうになりながらも状況を説明し終えると、
素っ気なく案内されたのは最寄りの警察署の電話番号だった。


詐欺被害にあったかも知れない不安に加えて、
「#9110」向っ腹の立つ対応への不快と不信感までも抱えたまま、
案内された電話番号をプッシュ。

そにて電話口から響いた、その第一声の若々しい爽やかさに不愉快は一気に解消。
真夜中の相談にも、的確に、明確に、
親身になって対応するその姿勢に感動すら覚えた私。
結論をいうと解決には至らなかったけれど、安心感という重要なものを得た。


それでもやはり心配は拭えず、
だってだってクレジットカード情報を怪し過ぎる提供元に送ちゃっったんだもの...。


今は事実確認中だからここでアプリ名は公表できないけれど、プレイストアの評価やアップルストアの評価を後から確認したら、そりゃもう悪評がズラリ...。
いつもなら評価を確認して、ネット上でも確認してから、有料サービスを開始するんだけど、
今回はある人物への信頼感で調べもせずに安易にクレジットカード情報を入力しちゃったんだな...。


ああ、後の祭り。
会費は月額400円だから、「まぁいいか」になりがちだけれど、
だってそんなことじゃない。
大切なクレジットカード情報を、評判の良くない業者に知られたなんて、なんとも気持ちが悪い。


クレジットカード利用停止しようかとも一瞬迷ったけれど、一旦停止してしまったらその後が不便だし...。
不安で眠れなくなってしまった。
夜が明けて、9時から開始するオペレーター受付のカスタマーサポートに電話して、状況を話してた。
そして様々な情報と安心を入手。
結果的にクレジットカードは利用停止することにした。


大げさかもだけど、こんな気持ちの悪い状態で日々を過ごしたくないもの。
明日になったらアプリ提供元に電話連絡を入れる予定。
メール対応はね、評価を読む限りではあてにできない。
もちろん昨夜のうちに問い合わせ済みではあるけれど、通常であれば問い合わせフォーム送信後、即座に問い合わせ受付完了の自動送信メールが送られてくるはず...。
そういえば決済完了メールも届いていない。


ちなみにクレジットカード情報は提供元に届いていると考えられる。
念のために架空の情報を入力画面に打ち込んでも、システムは反応しないんだもの...。


あ〜ひと段落。
これから一眠りです。
ちょっと頭痛がするからね...。


本件は状況が明らかになった時点で、再度記事にいたします。
もやもやで曖昧な記事で申し訳ございませぬが、何卒お許しを!



ちなみに、いつもの如く一切見直ししてないので^^
後から誤字脱字等、気がついたら修正するかも?



ではでは、おやすみなさい〜












ワクワクする企画って?

Amazon Kindle のライブラリに入れたまま放置していた『多動力/堀江貴文 著』に引き続き『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』を読了した。
読みたい本って結構あって、興味のあるものから読み始めて、それにハマるとどんどん掘り下げて広げていってしまうから、飽きるまではどうにも他のことが手付かずになる。
放置したままだった本書を連続して読了するきっかけを作ってくださったのが、先日ブクマしてくださったばかりのケイタさんのブログ【京都のリーマンメモリーズ】の『多動力 堀江貴文 幻冬舎』を拝読して、読んでみたくなったからだった。

www.fukuikeita21.com


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Amazon Kindleで見る「ハッタリの流儀」


ホリエモンは昔から好きだ。
時代の寵児」から一転して「世間から疎まれる嫌われ者」の時代も変わらず、私の好奇心を刺激する人ホリエモン


実のところ私の周囲ににも東京大学に入学した人物は少なくはなく、特に父方の親族は東京大学(帝大)出身者が多く存在するが残念ながら誰も大した成功はしていない。
ちらほらと自死者すら見受けられるという...。


そして今もお付き合いの続く、東大絡みで私が面白いと思える人たちは、入学はしたものの卒業はしていない人たちばかりだ。
東大を卒業したお偉い方々はどうにも、私とは馬が合わない。
まぁ彼とて私を相手にしないことであろうことは重々承知しているので、その辺のツッコミは勘弁願いたい。


私の親しくする東大中退者の誰もが、入学しただけで通学はほぼほぼせず、学部・学科が決まらぬうちに退学している、一般的にいうと変人たち。
それは実にアグレッシブで、突拍子もない人たちである。
ちなみに皆、独身。


もちろん私はホリエモンとは一切面識がなく、一方的に私が知っているだけではあるが、いつか話す機会があったらイイなぁなどと考えたりする。
そんな私にもチャンス到来!!!





か?






『ハッタリの流儀/堀江貴文 著』を読み終えると、こんなページが表示された。

f:id:R_elle:20200112182916p:plain

ん? なんだこりゃ?
もちろんアクセスしてみる。


hattari.jp


おぉぉ!
現在のお支払い総額 ¥153,170,000
現在のお支払い人数 440

ですと!?


ふむふむ...。

過去メルマガ10年分。有料メルマガ「堀江貴文のブログでは言えない話」の10年分のバックナンバー(10万相当)をお届けします。

¥30,000...うーん、ホリエモンに会えないしなぁ...却下。

堀江貴文による一斉コンサル。10人限定で、堀江による一斉コンサルを行います。(東京都港区) 別途、日程調整のためにご連絡いたします。 ※約1時間半

¥100,000...残念ながら「多数ご購入につき一時販売停止中」

堀江貴文と麻雀ができる権利。堀江貴文と麻雀をすることができます。6人限定、一半荘となります。

¥100,000...麻雀ができない私。興味のない麻雀の勉強が必要な上に、この金額は出したくない。

堀江貴文と10人限定和牛会。10人限定で、堀江と和牛を食べる権利をご提供します。別途、日程調整のためにご連絡いたします。 ※2時間制一回限り、1対1での食事会ではないので、ご注意ください。

¥120,000...こちらも残念ながら「多数ご購入につき一時販売停止中」

堀江貴文と10人限定寿司会。10人限定で、堀江と寿司を食べる権利をご提供します。別途、日程調整のためにご連絡いたします。 ※2時間制一回限り、1対1での食事会ではないので、ご注意ください。

¥120,000...こちらも残念ながら「多数ご購入につき一時販売停止中」

堀江貴文に肉磨きを指導してもらえる権利。5人同時に肉磨きを指導させていただきます。なお、こちらは食事代込みとなっています。

¥150,000...はわわっ!余裕があれば即決!!!

堀江貴文とゴルフを一緒にプレイしましょう。※ ゴルフ経験をお持ちの方のみご参加ください。限定3名。※ 現地集合解散。現地までの交通手段はご自身でご用意ください。また、プレーフィー等実 費はご負担ください。なお、自己都合によるキャンセルの場合は延期不可とさせていただきます。

¥200,000...あぁぁっ!うーん...やめておこう。

ホリエモンチャンネル出演権。ホリエモンチャンネルにご出演いただけます。

¥500,000...「多数ご購入につき一時販売停止中」
まね、興味はあるけど、販売停止中じゃなくても現状の私ならどのみち購入しないな。

堀江貴文とLINE交換

¥1,000,000...どうなん?これ?LINE友を金で買うってやつ?
ホリエモンクラスの人が興味を持って返信するくらいの内容のトーク...既読スルーどころか未読スルー連発で精神的に疲労しそうだゎい...却下!

光本会に1回参加出来る権利。限定一名で光本会へご招待します。※光本会 堀江貴文と株式会社バンク代表取締役兼CEO 光本勇介、幻冬舎の箕輪厚介が参加する飲み会

¥1,000,000...「多数ご購入につき一時販売停止中」
って、再販の可能性もありってこと?
タジタジになってアワアワな飲み会での私が見える...余裕があっても却下。

堀江貴文が参加する食事会に同席する権利。堀江貴文が参加する食事会に同席し、食事をしながら話を聞くことができます。

¥1,000,000...年収2000万円以上なら即決!

堀江貴文とシーシャを吸いましょう。5人限定で、堀江貴文とシーシャを吸う権利を提供します。(都内)

¥1,000,000...水タバコ?して、そのお時間は?1時間かな?
うーん...年収4000万円以上なら即決!

WAGYUMAFIAを貸し切り、堀江貴文の手料理を食べる権利。WAGYUMAFIAを貸し切って、堀江貴文による手料理を食べましょう。

¥1,000,000...年収1000万円以上なら検討、2000万円以上なら即決!

堀江貴文と会員制寿司屋でサシ寿司会。会員30名しか入れない寿司屋でサシで寿司を食べる権利をご提供します。※限定5名、2時間制

¥3,000,000...年収5000万円以上なら即決!

堀江貴文の1日アシスタントをつとめられる権利

¥3,000,000...年収1000万円以上なら即決!

堀江貴文1日密着権利

¥3,000,000...年収1000万円以上なら即決!

ロケット発射の秒読みをする権利

¥5,000,000...年収3000万円以上なら即決!

一緒に競馬に行き、馬券を買いましょう!勝ち分はすべてお渡しします。

¥10,000,000...年収1億円以上なら即決!

堀江道場に参加する権利。起業家コミュニティ「堀江道場」に参加していただくことができます。

¥20,000,000...企業を考えていれば検討。

ロケット一機購入権。以下の権利をご提供いたします。 ・サブオービタル宇宙飛行 ・ペイロード10kgまで積載可 ・ネーミングライツ ・前夜祭参加券5名様分 ・ロケットのボタンを押す権利 ・記者会見出席権

¥80,000,000...これくらいポンと出せるくらいの資産があったらイイじゃない?



はぁ〜、なんか面白かった!
もちろん価格判断は、全て感覚です。
こんな風に、ちょっと想像する楽しい時間を提供するホリエモン
ん?企画したのは幻冬舎の箕輪厚介氏かな?
それとも他の誰か?


とにかくこういった、ある意味馬鹿馬鹿しい企画を、ワクワクしながら立てる大人たちって素晴らしい!
その姿が浮かんで、思わず笑顔に。
あ〜楽しかった!






さあ、ご飯でもべようっと♪















また会おうね。

昨日は放送大学が主催する講演会、「だからこそ人生にyesと言う:心理学者 ウツを生き抜く」に行ってきた。
講師は放送大学教養学部の教授、大山 泰宏氏。
ウツを発症した講師による、実に感動的な講演会だった。

プロフィール
1965年宮崎県に生まれる。1997年京都大学大学院教育学研究科博士課程修了、博士(教育学)、京都大学高等教育研究開発センター助教授、京都大学大学院教育学研究科准教授を経て、放送大学大学院臨床心理学プログラム教授。専攻は心理臨床学
大山泰宏|プロフィール|HMV&BOOKS online

researchmap.jp

こちらの講演会については後日、記事にするかも知れない。
今の時点では「かも知れない」に留めておこう。



さて、本日の本題に入ろう。


放送大学東京文京学習センターで行われた講演会、こちらに出向く前に私はある一人の人物を思い浮かべた。
放送大学文京学習センターは、筑波大学東京キャンパス内にある。
筑波大学と聞いて私の脳裏に浮かんだのは、心理学者である一人の女性だ。
受け入れられる人と受け入れられない人、印象に深く残っていつまでも忘れられない人と、交流した過去があっても全く心に残らず忘れ去ってしまう人がいる。
昨日、「筑波大学」というキーワードですぐに浮かんだ彼女は、もちろん前者だ。
そして、「元気にしているかな?会いたいな」と思ったりした。


茗荷谷の駅に講演の開場時間30分前に到着した私は駅前のカフェドクリエで時間を調整してから、放送大学文京学習センターへ向かった。
受付を済ませて好みの端の席に座る。
そして落ち着く間も無く、斜め左方向に立ち止まった二人の女性が私の視界に入った。
私は中央部の席を開けて左端の席を占拠してしまったから、彼女たちはその奥に入りたいのだろう。
そう思って彼女たちの顔をなんとなく見やるとなんと、その一人は筑波大学というキーワードで浮かび上がったその人だったのだ。
思いがけない再会が、驚嘆から歓喜に変わるまではほんの一瞬だった。


彼女たちは交差点で見かけた私の姿に、もしや?と思っていたようだった。
私は歩くのが早い。
小柄な女性なら到底追いつけない速度で、脇目も振らず目的地へ進むのだ。


「後ろ姿でそうかな?って二人で話してたの。交差点で立ち止まった時に横顔がちらっと見えたけど、確信が持てなかった」
とのこと。
もっともなことだろう、彼女たちと淡い交流があった頃から比べて、現在の私の体重は7Kgほど増加している。
顔が小さいとはよく言われるが、現在の私はそれほど小さな顔とは言えないくらいにふっくらとしている。
その横顔をちらりと垣間見たくらいでは、到底私とは判定できないだろう。


彼女たちとは、とある治療機関で出会った。
今回思い浮かべた彼女は、筑波大学大学院で学んだ過去を持つ。
彼女が通ったのは茨城県つくば市のキャンパスであり、筑波大学とはいえども東京キャンパスの、しかも放送大学が主催する講演会で出会えるとは夢にも思っていなかった。


私の隣に座った彼女たちと久しぶりに交わす挨拶、そして互いに簡単な近況報告を交わした。
講演会が始まると連れの女性の付き添いで会場を訪れた彼女は、すぐに寝息を立て始めた。
もっともなことだろう、新規入学者の獲得を意識したこの講演を、熱心に聞き入るほどの興味を彼女は持てないのだろう。
それでも若干目立ちますぜ?
いつもなら許しがたいそんな不遜な態度も、彼女にならなぜか温かい気持ちになる。
疲れているんだろう、起こしたりせずにそっとしておこう。


そしてこの初心者向き講演会のあと、彼女たちと3人で喫茶店で2時間近くの四方山話。
途中、予定があると退席したお一方をのぞいて、喫茶店からファミレスに場所を変えて更に深い話を。
彼女らと話していると、いつもは奥で身を潜めている私がひょっこり顔を出して、無邪気に自分ができるのだ。
私たちはACと自認している者たちだ。
だから世間に在るとき、それを出すまいとしっかりと鎧で身を固める。
普段なら人前でひっそりと息を潜める私たちのインナーチャイルドが、ここぞとばかりに顔を出して、私たちは傍若無人な無邪気な子どもとなる。


抑圧されて子供らしさを表面化できなかった私たち。
思い残し、甘え残し。
子ども時代にも大人にならなくては生きられならなかった私たちの、押し込められた悪戯心やちょっとした意地悪や大きな喜びや甘えや寂しさ、それらの無邪気をなんの衒いもなく表出できる貴重な時間。
素直にありのままに、その時々でしたいように思うがまま、躾されない無邪気な子どもにかえって、私たちが本来の自分に戻る瞬間。


建前も礼儀も社交辞令も相手への気遣いも、そんなものは全て忘れて私たちは子どもになる。
楽しいんだ。
頭がぐるぐると回転を始める。
ワクワクとドキドキと、興奮でついつい声が高くなる。
次々と話題を変えて、思うままをすぐさに口にする。
笑ったり驚いたり反論したり、それはもう好き放題。
そこが公共の場であることも忘れて、はしゃぐ子どもたち。
時間が経つのが早い。
トイレに立つことも、お腹が空くという感覚も全部忘れて、ただ無邪気に遊ぶことに熱中する。


それでもやがて再び大人に戻る時間は訪れるのだ。
私たちが現在のそれぞれの自分の場所へ帰る、さよならの時間。
別れがたいけれど、いつまでも遊んでいたいけれど、そうも言ってはいられない。
いつだって現実が待っているのだ。


それぞれの場所へ帰るための駅の分岐点に立つとき、私たちは姿勢を正し静かに微笑みを浮かべて、少しだけ気取って軽い会釈を。
名残惜しい気持ちにピリオドを打って、繋いだ手をそっと離して、私は彼女の小さな肩を方向転換させる。
見送られるのが嫌いな私は「私がここで見送るから、気にしないで行ってね」と一言。
彼女はこちらに顔だけ向けて曖昧な笑顔を見せてから、まっすぐと歩き出す。
それから振り返って、照れたように微笑んでから小さく手を振った。
エスカレーターに乗った彼女の姿が、少しずつ消えていく。
見えなくなる刹那で大きく手を振った彼女が完全に見えなくなるまで、私はその場に佇んでいた。
















親から充分な愛情を与えられなかったことによる幼児期の不満や怒りが、子供の心に傷として残ると成長後に不倫や援助交際等の性的逸脱行動や摂食障害を起こす原因になると主張し、これを「思い残し症候群」と命名
岩月謙司 - Wikipedia

くさらずに行こう、ドキドキする方へ。

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キンキンと冷え込む寒い土曜日のこんな朝は、
うつうつといつまでもベッドの中で過ごしたいの...。
今日は一日ダメ人間のまま、
なにもしないでパジャマのままで、
ペシミストの私のままで一日をやり過ごしてしまおうか....。


今日のスケジュールに記した、とある講演会。
それが私になにを及ぼすというのだろう。


もう何も彼も投げ出して、
全ては無意味と諦めて、
ただ己の朽ちゆく姿を苦笑いして終わろうか?


あれほど煌めいた昨日の半日も、
酔った夫との昨夜の言い争いが掻き消していく。


なぜ?私だけ?
どうして?私なの?


理由なんかないだろう?
それが私の人生。
くさるのはやめにして、昨日の憂鬱はもう今日の過去だ。



「だからこそ人生にyesと言う」
新しいこれからの私のヒントになるであろう、
新しいなにかを見つけに行こう。



プリンセスプリンセス1995正月live パイロットになりたくて


どん底で助けを求めても、誰もが皆聞こえないふりをするんだ。
過去の傷跡を数えて運命を逆恨みすれば、友達がみんな凄く見える。


だけどそう、
どんな出来事でも全部、私を組み立てる部品なんだ。
どんなにポンコツだって、どんなにガッカリを繰り返したって、
諦めないでドキドキする方へ進もう。


未来に続くドアはいつだって目の前にある。
そしてそのドアの鍵はいつでも開いてるっていうこと。

夢見たいつかの少年は、ずっと今でも私に叫び続けているんだ。



そんな今日の朝ソングは
プリンセスプリンセスの「パイロットになりたくて」







空を見上げれば、雲の切れ間に広がる青空。
今日の天気予報は曇りのち晴れ。

午後になれば青空の下、
今とは全く違う気分で街をゆく私と出会えるだろう。


顔を洗って歯を磨いて、
新しい私と出会うために...


さあ出かけよう。







行ってらっしゃい。




行ってきます。





























この素晴らしき世界

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きりりと肌に寒さがしみるこんな朝は、
ベッドから起き上がるのもちょっとした勇気。


名残惜しいお布団の温もりから抜け出して、
新しい1日を始めよう。


ベランダから見上げた、今日の空は曇り空。
けれど、ほらね、こんな風に晴れ間ものぞいてる。


あなたの優しさは、私に勇気を与えます。
あなたの努力は、私に希望を与えます。


目を閉じて、冷たい空気を肺いっぱいに取り込んで、
頑張っているあなたの、今日の幸せを祈ろう。



Louis Armstrong - What a wonderful world ( 1967 )


緑の木々、赤いバラ
青い空、白い雲
七色の虹、行き交う人々
赤ちゃんの鳴き声、その成長
なんて素晴らしい世界なんだろう


今日の朝ソングは、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」



どこまでも広がる宇宙の中で、ちっぽけな一人一人が
ひっそりと暮らしています。
あなたの今日が、幸せに満ちていますように。




行ってらっしゃい。




行ってきます。
















スマホから、ブックマークやコメントができません。

スマホからのブックマークやコメントが、突如できなくなりました💦


たまにコメント欄すら表示されなくなったりするんですよね💦


これって私のスマホ特有の不具合なのかな?


明日は朝から就労移行支援のプログラムがあり、もう眠る時間です。

10年以上前のMacを使用しているので起動するのが異常に時間がかかって💦


後日、ゆっくり訪問します!


おやすみなさい。
みなさま良い夢を!

穏やかに、静かに、その声は私の執着を溶かす。

就労移行支援事業所の担当スタッフとの電話での会話で、
全て杞憂と明らかになりホッと一息ついている。


ただしこれから先、利用者の誰かが本ブログを目にする可能性もあるから、
来週予定している担当スタッフとの面談の際に、
就労移行支援事業所にふれている記事の内容を確認していただくことにした。


受話器から聞こえる、穏やかで落ち着いた彼女の声を聞いているうちに、
私のブログへの固執が溶けていく。


どこの誰が見るか、全く分からない開かれたブログサイトだ。
プライバシーに関わる事柄について表記するときには、
基本的には私としてはかなり慎重に曖昧な表現を用いて、
どこの誰だか特定されないように仕上げているつもりだ。


しなしながら個人判断だけでは済まされないこともある。
不安要因となるものは信頼のおける誰かに確認してもらえれば、
安心してこれからもブログを楽しむことができる。


どこかの誰かを不安にさせることがないように、
私のページを作り上げてゆこう。


そして感じる私自身の不安も、一つ一つ解消させていく。
こうやって少しずつ相手とも自分にも信頼を重ねて、
人と社会とつながっていきたい。


身の回りで起きる様々な事象を意味付けして連動させてしまう考え癖が、
私にはある。
そしてそれらの物事をプラスとマイナスに種分けして、
マイナスと感じるものを排除しようとする。
必死で見ないようにする。
その極端な考え方が生きづらさの要因なのだ。
これは社会で生きていく上で、大きな妨げとなる。


少しずつ、一つずつ、そういった不要なものを取り除いて、
けれど私らしさは残して、
自己実現をめざす。


私の「イキカタサガシ」は、ようやく始まったばかりだ。
50代で始める新しい生き方は、どんなものになるのだろう。


明日会う約束をしている就労移行支援事業所の、大好きな人たち。
どんな日になるのかな?
できれば好ましい人とグループワークをしたいけれど、
それじゃぁ練習にならないのよね。


どんな状況下にあっても、
ありのままの私でリラックスして過ごせるように、
今は少しだけストレスを与えよう。
生きづらさから解放される、いつかの日を夢見て。